誰かが尾鰭をつけたがった話

片喰 一歌

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時忘れの海

歴史

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 そなたの推測どおり、『深海の権威』は律義に研究成果をすべて報告――全体に共有――してはおらんかった。

 ……とはいえ、じゃ。当時『深海の権威』と呼ばれておった全員が最先端の情報を手にしておったわけでもない。

『“深海の権威”内部でも限られた人魚にしか情報は伝達されてなかったんだ? ……ってことは、表面化してなかっただけで、内部分裂自体は結構前からあった……ってことなのかな?』

 左様。そも、共通点が“人魚のなかでは知を重視するほう”というだけの頼りない繋がりじゃ。かような条件下で絆を育もうというのはちと困難ではないじゃろうか。無論、集団の性格にもよるのじゃろうが……。

 要は『それ以外の点において、共通点が皆無といってもいい』ほど統率の取れておらん集団でな……。意見の相違から口論へ発展することも多々あった。

『ああ……。せっかく集めたはずの力が存分に発揮できなかったのか。個人個人が衝突するだけで。個々の能力が高いのと引き換えに、協調性がなかった…………。本人たちはどうだったの? それぞれのピースがガチッて嵌まってとんでもない連鎖反応を起こすことをちゃんと期待してた? そういうビジョン見えてた?』

 そういったものはなかったのじゃろうな。自分にない知識を引き出したあとは用済みと互いに感じているような、名ばかりの単位だったのではないかと思う。

『もったいないな……。部外者が言えたことじゃないのはわかってるんだけど、個々の才能が活かしきれない状態って、自業自得だとしても本人たちがいちばん納得いかないと思うし』

 発足してから長い組織じゃが、メンバーの入れ替わりは幾度となく繰り返してきた。

 主な入会理由は『海より深い叡智を求めて』。主な退会理由は『寿命等による逝去』といった具合でな。このあたりは言うまでもないことかもしれぬが。

 ――――いつのことじゃったか。一人の人魚が入会してきた。……そやつが温厚そうな人魚でのぅ。他の者のようにプライドが高そうにも見えなければ、失礼じゃが頭の回転が早そうにも見えんかった。

 しかし、人魚のみならず海洋生物に詳しい男でな。おまけに、人間をひどく毛嫌いしておった。激しく嫌悪しておった。やはり、人間も人魚も見かけによらぬものよ。

『海の生きものは好きだけど、陸に住むものは嫌って感じかな。その人魚はどうしてそんなに人間を嫌うようになったの?』

 ――――そやつが『深海の権威』の扉を叩く数十年ほど前から、我々の世界は突然騒がしくなった。

 航海術や造船技術、食品保存技術などの発達により、それまで踏み入ることのかなわんかった海域にまで、人間たちが訪れるようになった。

 『大挙して』というほどではなかったが、それまでのことを考えると急激な変化じゃろう。なにが起きたと思う? どのようなことが懸念されるじゃろうか。

『やっぱり、いちばんは環境の変化じゃない? 必要なものは根こそぎ奪って、いらないゴミは置いていくのが人間だからね。不法投棄とか、あとは乱獲とか……。どっちも生態系を乱しかねない許されざる行為だ。人魚たちにとってはスルーしたくてもできない問題だよね。だって、そこに住んでるんだもん』

 うむ。

『新しい土地を探せばいいなんて言われたって納得できないでしょ。先に住んでたのは人魚たちのほうなんだから。“環境を元に戻せ”、“二度と足を踏み入れるな”と思って当然だ。あと、単純にその近海の気候でしか生きられない個体なんかは、そもそも身動きが取れないか。なにがあっても引っ越せないんだ。――となると、ますます許せないだろうな……』

 そうじゃそうじゃ。まさにそういった具合で、そやつは人間への憎悪を育てていったというわけじゃ。

 そやつ自身は恵まれた個体でな、どこの海でも生きていける丈夫な肉体を持っておったが、虚弱な仲間の存在や人魚以外の海洋生物の繊細さについても熟知しておったのよ。
 
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