三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

文字の大きさ
360 / 489
アフター・アフター・レイン・トーク

アフター・アフター・レイン・トーク<CXV>

しおりを挟む

「!」
 
 右見て左見てもう一度右を見るという教えに背いて横断歩道を渡る命知らずな子どもか、あるいはマヨネーズやケチャップの入ったチューブのように向こう見ずに飛び出していった言葉をどう受け止めたのだろう。とりあえず予想だにしていなかったことだけは確かだろう。彼は目を見張って静止した。

(いまの話をまとめると、『本当はずっと手を出したかったけど、大切にしようと思って我慢してた』ってことだよね? ……わたし、ずっと前からってわけじゃないけど『そろそろ抱いてほしい』ってちゃんとアピールしてたと思うんだけど、わたしの気持ち知っててどうして抱かないこと=大切にすることみたいな感じになるの? 変じゃない? 伝えても伝わってないんだったら全部無駄だったってことになるよね?)

「なにがいけないか? …………全部。なにもかもがダメダメだよ。俺がきみの身体より自分のしたいことを優先させたりなんかしたら、きみのこと大切にしてないってことになるよね? 俺はきみを大切にしたいんだよ。なによりも……誰よりも大切に思ってるから、行動でもそれを示したい。……心の底からそう思ってるはずなのに、俺のしたいことは……俺がきみにしたいことはその真逆で……それじゃいけないってわかってるのに、俺は…………」

 彼はしばらくまばたき以外の動作を停止していたけれど、やがて引き締まった表情になって、答えを紡ぎ出した。
 
 最後の最後まで迷いを滲ませて巻き込んでいた唇が一語一語の発音のために形を変えていくさまが、やけに色っぽく映った。

「…………君の気持ちはわかった……けど、もしそうだとして、わたしの気持ちはどうなるの?」

「きみの気持ち?」

 彼はすぐさま耳を寄せて傾聴の姿勢を取ってくれた。

「………………嬉しいよ。すごく嬉しかった。いまの話聞いて……。君がわたしを大切にしてくれてることも、大切にしようとしてくれてることも。ちゃんとわかってたつもりだったけど、いま言ってくれたことは、ずっと言葉じゃなくて行動でしか教えてもらえてなかったから。なんとなくそうかなって思ってたことに答えがもらえて本当にほっとしてる。……でもね、『やっぱりそうなんだ』ってがっかりもしてるの」

「…………がっかり?」

 真意を問うように鋭い視線が瞳の奥に潜り込んできた。ちょうどいましているように、その手をわたしの服のなかに潜り込ませてほしいのに。
 
「うん、がっかり。こういうときだけ、君にはわたしの気持ちが見えなくなっちゃうみたい。……いつもは気にしすぎなくらい……自分の気持ち後回しにしちゃうくらい気にしてくれるのに、自分の考えだけに囚われて…………」

 気付いてくれないのではなく気付こうとしない、優しすぎて意地悪な彼を見つめ返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

処理中です...