三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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アフター・アフター・レイン・トーク

アフター・アフター・レイン・トーク<CLVI>

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(悲観的に考えすぎだと思うし、そうなる可能性とそうならない可能性なら、そうならない可能性のほうがずっと高いけど…………。そうだとしても、いままで考慮に入れてなかったのはおかしいよね? ……飛行機の事故だって、フライト数に対して発生件数が少ないって言ったってゼロじゃないのに)

 わたしは自立するために残ることを決めたはずだし、彼も一応はそれを受け入れてくれたと思う。

(自立…………。もし自立したいなら、彼についていって、向こうで自活する……って方法もあるにはあるんだよね。いままで思いつかなかったし、生活安定するまでのお金の出どころを考えると全然自活にならない気もするけど、たぶん彼の気持ちとわたしの気持ちを両方同じだけ尊重するなら、それがいちばんいい方法かもってくらい…………。彼の頭のなかにはもっと前からあったと思うけど、言ってこないのはどう考えてもわたしのため……だよね……)
 
 自分本位な決断だという思いは元からあったけれど、自分が自分本位なだけでなくとてつもなく薄情な人間のような気がしてきた。
 
(……わたしって基本的には悲観的に考えるくせに、変なところだけ楽観的というか、現実が見えていないというか……人間としてだめだめだなぁ。なんでも現実的に考えてるけど、物事のいいところを見て前向きに捉えようとする彼とは大違いだよ)

 なにかを察知したらしく、彼は骨が軋むほど強く抱き締め直してくれたけれど、氷水を一気飲みしたあとのような胃の腑に落ちた冷たい感覚は、いつまでも消えてくれなかった。

「…………ごめん、急に怖いこと言って。怖がらせて抱き着いてもらったって意味ないのにね」

 背中の手は泣きじゃくる子どもをあやすように、優しく穏やかに時を刻み始めた。そのぬくもりが、声が、ようやく不快な冷たさを和らげてくれた。
 
「ううん、そうじゃないの。わたしがいま君に抱き着いちゃってるのは、怖くなったからじゃなくて、わたしがぎゅーってしたいと思ったからだよ。…………ごめんなさい。わたし、軽く考えすぎてた……。君はこれから先何十年のために頑張ろうとしてるのに、わたしは数年先のことくらいしか考えられてなくて……。というか、その数年先のことだってふわっとした感じで、君みたいに真剣になれてなくて…………。君はわたしとのこと、ずっとずっと真剣に考えてくれてるのに……」

「きみだってちゃんと考えてると思うよ。自分の将来のことも、俺とのことも。ただでさえ悩みの多い時期に悩まなきゃならないこと増やしちゃって、本当にごめん。……でも、俺、悪い男だからさ……それも嬉しいと思っちゃってるんだ。悩んでるってことはそれだけ真剣ってことだし、それだけきみが俺のことを大切に思ってくれてるってことだから」

 声の感じから、彼が鍾愛を溶かし込んだ瞳をわたしに向けているのだろうなとなんとなくわかった。
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