三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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アフター・アフター・レイン・トーク

アフター・アフター・レイン・トーク<CLVII>

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「…………きみがどんな決断をしても、それによって俺が変わることはないと思うんだよ。良くも悪くも。なにを選んだって、どんな道を選んだって、きみはきみなんだしさ。……こんなこと言ったら、逆に悩ませちゃうかな? 少しでも迷いがなくなったらいいなと思ってたはずなんだけど、うまくいかないね……」

 何度も抱き締め直してくるのは、わたしを勇気付けるためだろうか。それとも、彼自身のためだろうか。
 
「俺は、俺がきみのこと好きで好きで仕方ないのと同じように、きみが俺のこと好きで好きで大好きでいてくれさえしたら幸せだよ♡♡ ……だから、もしまた俺のせいできみが迷い始めてるんだとしたら、せっかく決めたこと変えようかなって思い始めてるんだとしたら、『どうしたら俺が喜ぶか』じゃなくて『なにを選んだら、いちばん自分のためになりそうか』で決めてね。……とりあえず、いまはそれだけ約束してくれる?」

 ラッピングのリボンやあるいは薔薇の蔦のように長い腕がするりと解かれた。

 わたしを抱き締めていた強さが幻のように感じられるほどの呆気なさにぼうっとしていると、目の前に小指を立てた右手が差し出された。

「うん。……ありがとう……」

「あんなこと言っても、きみが俺に掛ける言葉は『ありがとう』なんだね」

「…………え?」

「やっぱり伝わってなかったか。……というか、あれで伝わると思うほうが甘えか……。まぁ、そうか。そうだよな…………」

独り言の声はわたしに聞かせるためのものでないからか、いつもより低くて小さくて聞き取りにくくて、知っているなかで言えば、モーニングコールの声がいちばん近かった。

(寝起きの声って低くて掠れてて、彼の声ってことはわかるけど、学校で会ったりデートしたりして喋ってるときとは全然違うから、すごくどきどきしちゃう……♡ おんなじベッドで寝て起きたら、いまみたいな声で『おはよう♡♡』って聞けちゃうんだよね……♡)

「さっきの『どんな決断をしても』って、卒業後の進路のことだけを言ってたわけじゃないよ? もっと先のこととか、きみにとってもっと重要かもしれないことも全部含めてのつもり。もしきみが生涯一緒にいる相手として俺を選ばなくても、俺はきみのことずっと愛してるだろうみたいな…………そういう話をしてた。……自分で言ってて怖くなるくらい重いね? 先のことなんてどれだけ考えてもわからないし、人の心より変わりやすいものなんてないのに、確実じゃない約束なんて死んでもしたくないのに、俺、ほんとどうかしてるね……。どうしちゃったんだろう、本当に」

 わたしが能天気な妄想を展開していることも知らずに、彼はわたしの身体を強く掻き抱いてくる。

 まるで彼自身がわたしを縛める鎖になってしまったみたいだと思った。
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