三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

文字の大きさ
462 / 489
DESTINY CHAIN

DESTINY CHAIN<XIV>

しおりを挟む

「……え、えぇと……♡ あ、えっと…………あとの楽しみ(?)にとっておこうかな……?♡」

 だめなスピーチのお手本みたいに場を繋ぎながらも、ひとまず微笑み返すことには成功した。

(せっかくいい匂いにしてきたのに、腋に汗掻いちゃった……。目立たないといいなぁ。…………こんなところ、嗅いだり舐めたりはしない……よね?)

 緊張で噴き出した汗が異臭を放ってはいないか心配になり、見咎められない程度に鼻をひくつかせた。

(とりあえず大丈夫そう……? でも、一応気を付けておこうっと)

「ふふふ♡♡ そっか♡ まぁ、好き好んで見たいものでもないと思うし、無理に見ようとしなくても大丈夫だからね」
 
 わたしがさりげなく腋を締めたことに気付いていない様子の彼は、再び口元に手を持っていって、朗らかに笑んだ。

「……正式な婚約指輪……はまた別に、結婚指輪とも別に買うけどさ、なんか……それまでのあいだ、寂しいよね。お互い。……左手の、薬指」

 そして、ふいに笑顔を消した彼がその手を裏返し、ほとんど囁くように独り言ちた。

 彼が自身の手元に向けているのは、わたしが受けてきたような慈愛に満ちた眼差しではなく、冬の気配を連れてくるような物寂しい視線だった。

(左手の薬指が寂しい? ……言いたいことはわかるけど……)

 聞き取れるかどうか微妙なラインの小声だったので独り言だと思ってしまったけれど、同意を求められているということはそうではなかったのかもしれない。

「…………ほんと? 君が指輪着けてるの、見たことないけど……。ほんとうに?」

「確かに着けないけど! 爪も鬱陶しくてすぐ切っちゃうような俺が、自分から指輪なんて着けるはずないけど。ひとつも持ってないけど!」

 思っていた十倍くらいの熱量で否定され、目をしばたたいていると、彼がはっと息を呑んだ。

「…………っと、ごめん。熱くなりすぎた」

「ううん、わたしこそごめんなさい。疑ってるとか否定したかったとかじゃなくて、わたしは君と手繋いでないときは手ごと寂しいから…………」

「そっか。……そう言われると、俺も特定の指一本じゃなくて、全体が寂しい気がしてきたかも♡♡」

「!」

 絡め取るように繋がれた手からは、いつも以上に彼の気持ちが流れ込んでくるような気がした。

「…………うん、そうだ。やっぱり寂しかったみたい、俺。独りでうちにいるときより、ばいばいってした直後のほうが寂しいのと同じ現象…………の、逆バージョンみたいなものかな? きみに触れたっていう記憶のせいでまだ触れてるみたいに錯覚するのと、きみに触れたことで前に触れたときの記憶がよみがえって、愛しさがますます込み上げてくるの……みたいな」
 
「寂しさは絶対的なものだけど、相対的な側面もある……みたいな?」

「そう♡ 内申と同じ♡♡ ……きみと繋いでる用の腕、もう一本増設されたらいいのになぁ♡」

 言っていることはいつもの彼らしくずれていて、だけれど声には元気がなくて、このぬくもりがどこにも逃げないように手を握り返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

処理中です...