三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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HONEYDEW RAIN

HONEYDEW RAIN<LXXVII>

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「せっかく感動してたのに♡ えっちなんだから♡♡」

 頑張って目付きを鋭くしてみたけれど、数秒保ったか保たないかくらいだったと思う。澄んだ瞳を鏡代わりにしなくたって、いま自分がどんな顔をしているかわかる。宵闇を背負ったかのような彼の表情を見れば。
 
「それはきみもでしょ♡♡ わざわざ触らせてきたんだから、いまさら『触ってほしくない』とは言わせないよ……?♡♡ その日の気分とかはあるだろうけどさ?♡」

 ゆっくり動くしなやかな指に釘付けになってしまう。

「…………そうだけど、いま触ってくれないんだったら触ってほしくなること言っちゃだめ♡ その気にさせるだけさせて放置するのは浮気の次に重罪……♡ 君がする可能性のあるいちばん罪深いこと、こんな早い段階でされちゃうなんて思わなかったよ……♡♡」
 
「『その気にさせて放置するのは浮気の次に重罪』だって?♡♡ 初耳だなぁ♡♡ でも、信じてもらえてるのは嬉しいよ♡ ありがとね♡♡」

 煩悩を断ち切るために顔を背けたけれど。
 
「『その気にさせて放置するのは浮気の次に重罪』だって?♡♡ 初耳だなぁ♡♡ でも、その気になってくれたのも信じてもらえてるのも嬉しいよ♡ ありがとね♡♡」

 頬を包まれ、――予想していなかった挙動に驚いているあいだに回り込まれて――唇が重なった。親密な繋がりを求めている男女には似つかわしくないあっさりとしたキスだったけれど、わたしたちの想いが重なり合っていることが少し触れただけで伝わってきた。
 
「それと……♡ 『いまも触ってほしい』ってふうに聞こえたんだけど、そういう解釈で大丈夫そう?♡♡ まさかとは思うけど、普段は別に触ってほしくないってこと……ではないよね?♡」 

「…………いつも触ってほしいけど、いまはいつも以上に触ってほしい♡ 近くにいるときもずっとくっついてたいと思ってるし、電話してるときもそうだし……。寝る前も自然にそういうこと考えちゃってる……♡」

「えぇっと……♡ つまり、『元から触ってほしいんだから、刺激するようなことしないで♡♡ もっと触ってほしくなって困っちゃうから♡♡』って意味で合ってる?♡」

 彼の解釈は補足の必要もないほど完璧だったけれど、わたしの口ではそこまで素直に伝えることができなかっただろう。羞恥心以上に敗北感が込み上げて、両目を固く瞑った。

「合ってる……♡♡」

「…………これ以上は俺がまずいから、着替えてきてもらっていいかな?♡ 長々と引き留めてごめんね♡」
 
 ――――服を着たあと、洗面所に戻って『あたたかいものを飲んでいかないか』と彼を引き留めた。

 本当はそんなことをしてまであたためなくとも身体の芯から火照って仕方ないであろうことはお互い承知済みだっただろうけれど、彼は『これでもう少し一緒にいられるね♡』と快諾してくれた。
 
 ココアを作っているときは鳥の雛のようについて回って、ソファに並んだあとも1.5人分程度のスペースにぎゅうぎゅうになって座って。雨音が遠ざかって遠ざかってほとんど消えてしまうまで、彼はわたしにぴったりくっついて離れようとはしなかった。
 
 翌朝もリビングルームにほのかに残っていたココアの香りが、彼と雨宿りをした数時間が夢ではなかったことを告げていた。
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