三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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アフター・アフター・レイン・トーク

アフター・アフター・レイン・トーク<LXXVI>

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「やっぱり好き?♡」

 フォークを口の高さまで持ち上げたにもかかわらず、彼はそれを口に放り込むよりも感想を聞くことを優先させた。その姿は、慈愛100%の眼差しは、小さな我が子の成長を見守る父親にも劣らない父性に溢れていた。

「うん!! 大好き♡」

 もぐもぐ、ごくん。と咀嚼を終えてから、自分にできる最高の笑顔で賛辞を送った。

 それを見た彼は、口元のフォークを自身の口に押し込むのではなく、向かいに座したわたしの口まで一直線に運んできた。照れくささ滅多にを表に出さない彼流の照れ隠しだろうか。

(食べさせてくれるの?)

 アイコンタクトで会話して、フォークに刺さったちょうどいいサイズのひと切れをすーっと引き抜いた。

「…………いまのって『フレンチトーストが好き』って言ったの?♡ それとも、『おいしいフレンチトーストを焼いた俺が好き』ってこと?♡♡」
 
 彼が大ヒットしたJ-POPの歌詞の替え歌みたいなことを真面目くさった顔で言ったことも相俟って、どきっとしたのも忘れて笑ってしまった。

「どっちも好きだよ。でも、フレンチトーストと君だったら、君のほうがずっとずーっと好き!」

 再び咀嚼を終えたのち、まとまりもなく瞬時に形を変えていく気持ちが勝手に言葉に変換されて整列されて、わたしの口を飛び出したことにも驚いたけれど、もっと驚いたのは言葉で伝えるだけでは足りないと思い始めている自分がいることに気付いたことだった。

(手が塞がってても、隣に座ってたら言葉以外でも『好き』って伝えられたのに…………)
 
「君にそう言ってもらえるなら、汗だくになって焼いた甲斐あったなぁ♡♡ まぁ、たいしたことはしてないんだけどね」

 どこにも行かないとわかっていても、いますぐには触れることのかなわない彼が遠く遠くの存在に見える。

(『どこにも行かない』わけでもないか。卒業したら遠くに行っちゃうし、他に好きな女の子ができたらその人のところに行っちゃうし……。同じ気持ちなのも、一緒にいられるのも、奇跡なんだよね…………)

 首元では拭き損ねた汗の雫がきらきら輝いていて、実在を疑ってしまいそうなほど美しかった。

「そんなことないよ! フレンチトーストって、前の日から準備しておかないといけないんでしょ? ほんとにありがとう♡」

「どういたしまして♡ でも、準備っていってもそこまで大変なものでもないし、楽しかったから♡♡ 時短レシピもあるみたいだけど、前日に仕込んでおくとわくわくが何倍にも増えるのと味がよく染みておいしい気がするから、どうしても前の日から作り始めちゃうんだよね♡♡」

「…………好きだなぁ」

 心のなかで幾度となく繰り返してきた呟きが、甘い香りでいっぱいの空間に投げ出された。

「ん?」

「君はどんなことでも楽しんじゃう天才だなぁと思ったの。わたしもそういうふうになれたらいいのに」

「……ふふ♡ 俺がなんでも楽しめてるように見えるのは、きみのおかげだよ?♡♡」

 意味深な答えひとつ残して、彼は食事に取り掛かってしまった。
 
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