三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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アフター・アフター・レイン・トーク

アフター・アフター・レイン・トーク<LXXVIII>

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(強く抱き締めたり深いキスしたりなんかしなくても、彼はわたしを苦しくすることができちゃうんだ……♡ 自分にやきもち焼いちゃってるのはちょっと不思議な気もするけど、かわいいし……♡)

 恋人がかけがえのない存在でないことなんてないと思うけれど、一緒にいて話をするだけで暖炉にあたったように心があたたかいもので満たされて、それなのに包装紙を思いっきりぐしゃっと丸めたように胸が締め付けられるような心地がする相手は、彼の他にはいない。

「…………俺もね、いまみたいにそばにいるきみには絶対敵わないけど、離れてるときもきみにたくさん元気もらってるんだ。想って、思い出して、想像して……。俺に都合のいい部分だけ抜き出しちゃってるかもしれないけど、きみにはいつも…………きみが思うよりずっと支えられてるんだよ。我に返って『寂しいな』と思う瞬間もあるけど、そういう瞬間があるおかげで次に会う予定がもっともっと楽しみになる」

 高い鼻を埋めていた位置には顎が置かれ、彼が話すたびに頭蓋骨にまで声の振動が伝わる。

(強いなぁ。彼にとっては、一日会えないのも一年離れるのもそんなに変わらないのかも……)

 ――――そんなことを考えた直後だった。

「……あぁ、でも……。それだってきっと、一週間もしないで会えるからなんだろうね……。何ヶ月とか何年ってなっちゃうと、思い出とか想像とか……電話の声足しても『寂しい』には勝てないかな……。勝てないんだろうなぁ…………」

 一本芯の通った声が頼りなく震え出して、頭皮に雨の降り始めに似た感覚をおぼえたのは。――しかし、冷たい雨の雫と異なり、わたしに降り注いだその数滴は確かな熱を持っていた。

(もしかして泣いてる…………!? ……そっか。彼は強いんじゃない……。強くいようって決めて頑張ってるだけなんだ…………。それなのに、わたしは何ヶ月もそばにいて、いまはじめて気付くなんて……)

 気付くことができなかったのは間違いなくわたしの落ち度だが、過去を悔やんでも詮のないことだ。いまのわたしにできるのは、落ちてきた涙に気付かないふりをして、彼の感情の結晶を受け止めることくらいだろうか。

「……って!! ごめんね、食べる邪魔した挙げ句しょんぼりしちゃって……。鬱陶しかったでしょ? いま言ったことは全然忘れてもらっていいから! ……でも、どれも全部嘘じゃないからね」 

 気の利いた言葉のひとつ掛けられず、一切の動きを止めてちょっとした傘を気取ったわたしの頭部を、彼はそうっと抱え込んだ。
 
 ――――言葉にされるまでもなく伝わってくる。彼のすべてがわたしを宝物だと言ってくれている。狂おしいほどに愛しているのだと絶叫している。瞼を閉じ、その声を聴いた。
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