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第7話 同居人は亡霊さん
しおりを挟む二人で住むには手狭だが、一人で住むにはもってこいの広さの部屋の前。階段を上っている途中に出しておいた鍵を素早く回したら、厚みの分だけドアを引き、隙間に身体を滑り込ませた。一見すると不審だが、帰宅時の俺はいつもこんな感じだ。――『なぜそんな七面倒くさいことを習慣付けているのか?』って?
真夏に冷蔵庫を開けたときのことを思い出してもらうのがいいだろうか。冷気というのはあっという間に忍び込んでくるものだ。そう。俺はお世辞にもいいとは言えない周辺地域の治安よりも、真冬の冷たい空気という名の招かれざる客を警戒していたというわけだ。
くだらないと一笑に付されるかもしれないが、住んでみたらわかる。寒さ耐性:並程度のオンボロアパート住まいの人間が厳しい冬を越えるためには、こういう地味な工夫の積み重ねがものを言うのだということが。
先ほどは防犯が主目的ではないと言ったが、結果的には俺の帰りを一人待つあいつを守るのにも多少は役立っているのかもしれない。俺の『一見不審者ムーブ』は。
――――まあ、俺に関して言えば元から不審者だけど。大きな鞄に余裕があっても頑なに三百六十五日二十四時間変わらず同じサイダーのペットボトルを引っ提げているのだから。
「ただいま」
「おかえりー」
靴を揃えていつものように呟くと、奥のほうから愛する女の声がした。
「お前、また死んだことにされてたぞ」
短い廊下を数歩で抜け、リビングに到着するなりコートを脱いだ。やっぱり人がいる空間っていない空間に比べてあったかくていいよな。
「まじかー。來夢さん、バリバリ生きてるんですけどー」
垂れ気味の曲線的な眉をいっそう下げて苦笑した彼女が、適当に畳んだコートを俺の腕から取り上げた。着るときはさすがに自分で出してるけど、もう何年も俺にはコートを片付けた記憶がない。
時代錯誤な感じだが、來夢はこういうのに憧れていたのだというし、俺自身も楽だし、尽くされて悪い気はしないし、断る理由がない。何よりそれで上手く行っているのだから、俺たちはこれでいいはずだ。
「ほんと人って勝手だよな。真偽不明の噂をよくもまぁ当事者に向かってご披露できるもんだ…………」
コートを片付けてもらっている間に俺がテーブルに置いたのは、毎朝のように満員電車でぺしゃんこにされるカバン――ではなく、來夢が携帯していたサイダーのペットボトルだった。今となっては、俺のサイダー携行歴は來夢のそれを追い越してしまったことだろう。
「…………なーんてな」
スーツの上に着ていたコートは、足元に落ちていた。
「今日も飲み切れなかったよ。……食事にはどう頑張っても合わねぇし」
來夢が死んだあの日から、俺はサイダーのペットボトルを手放せずにいる。あいつが好きだった銘柄の、いつも片手に持ってた500mlペットを。
手が小さかったせいか來夢が持ってると大きく見えてたけど、俺が持つとそうでもなくて、同じ商品って感じがしないんだけど、そのくらいは仕方ないよな。
出掛けるときは毎回持ち歩くけど、逐一個数を確認してるから在庫管理は完璧だ。わざわざ数えなくたって、一ヶ月に1ケース買えばちょうどいいくらいってわかってる。でも、もう日課になっちゃって。
実は供える分も兼ねてるんだ。経済的だろ?
そういえば、誰かが『お供え物してあったものを食べると、甘く感じる気がする』とか言ってたけど、あれって本当なのか?
俺自身は試す気になれないけど。
「サイダーなんて元からクソ甘いのに、供えてから持ってくせいでさらに甘く――……? んなわけないよな。こいつが甘ったるいのは元からだ。飲みかけもらったときから変わってねぇよ。笑っちまうくらいにな……」
いつも手を繋いでいたのと逆の手におぼえる人工的な感触から妙なぬくもりと安らぎを得る俺は、来るところまで来てしまったのだろう。
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