星渡る舟は、戻らない。

蘇 陶華

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記憶を呼び起こすサイダー

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僕は、少し後悔した。
両手は、荷物で、一杯だったのに、傘を差し出す余裕なんてなかった。
なのに、目の前の白杖の女性を放って置けなかった。
あの時の盲導犬を連れていた彼女だった。しばらく、見えてなかった。
聞きたい事がたくさんあったけど、不審な奴と思われるのが、嫌で、格好つけた。
「大丈夫ですか?」
いつもなら、盲導犬がいるのでは?下手に声掛けて、怪しまれる?そう思いながら、僕は、手にしている菓子折りが濡れてしまう事を忘れていた。
「絶対、丁寧に運ぶんだ」
そう言われて頼まれた和菓子だった。上生菓子と聞く。肩で傘を支えていたのに、片手を差し出したものだから、菓子折りが、バランスを崩す。
「あ!やばい」
大丈夫?とか格好つけて、声掛けたのに、菓子折りを追いかけて、変な声を出したから、彼女は、ハッとして身を引いた。
「あの。そうじゃなくて」
面倒。僕は、そう思って、彼女に傘を渡した。
「これ、使って」
彼女を、送って行こうと思ったけど、荷物を抱えて、傘をさすのは、難しいと判断した。
「え?」
当惑する彼女に傘を押し付け、走る事にした。自分の上着で、包み込むようにして走り出す。
「あの!」
彼女は、傘を振り上げ、声を上げた。
「ここ、通りますか?」
「この間、逢ったよ」
「この間?」
澪の視界の中をサイダーの泡が弾ける。
聞いた事のある声。
何処かで、聞いた声。淡いグリーン。それは、若葉の色にも似て。
「ちょっと、待って?」
澪は、声の聞こえる方に傘を振り上げた。
「どこかで・・・」
追いかけようとしたが、サイダーの主は、軽い足音と共に走り去っていった後だった。
「なんだ・・・聞きたい事があったのに」
その声よく聞くんですけど。もう少し、聞いていたい耳障りのいい声だった。
「もう少し、話してくれたらいいのに」
降り始めた雨の中、せっかく差し出された傘を、差し直そうとした時、そっと、肩に触れる手があった。
「澪さん」
その声を聞いて、澪は、ハッと肩をすくめた。
「心配で、追いかけ来ましたよ」
高岡だった。

心が、引き攣った。
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