誰にも読まれなかった五千話、それでも僕は君のために書き続けた

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第12話 『返信のないまま終わった会話を、まだ覚えてる』

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 誰かと会話をしたのは、いつが最後だっただろう――

 朝倉一真は、ときどきその問いを自分に投げかける。
 口に出すことはない。
 けれど、SNSのダイレクトメッセージの一覧をスクロールするたびに、その疑問は胸の内側で静かに形を取る。

 未読のまま、あるいは既読で止まったままのメッセージたち。
 そのどれもが、“言葉の途中”で、時を止めていた。

 一番下にあるメッセージが、彼にとっていちばん重かった。

 送り先は、瀬尾紗和。
 大学時代に創作サイトで知り合った女の子。
 互いに実名は出していなかったが、作品への感想をきっかけに毎日のようにメッセージをやりとりしていた。

 彼女は明るく、優しく、いつも一真の作品に何かしらの言葉をくれた。
 誤字を見つけては報告し、キャラの気持ちを想像しては語り合い、物語の続きに期待を寄せてくれた。

 ある日、彼女からこんな言葉が届いた。

「この小説、ずっと忘れないと思う。
 たぶん、誰がなんて言っても、私にとっては一番好きな物語だから。」

 それに対して、一真は何て返しただろう?

 感謝の言葉? 次回予告? それとも照れ隠しの冗談?

 記憶はあいまいだった。
 ただひとつ、彼女の「最後の言葉」は、今でも鮮明に覚えている。

「いつか、会って話せたらいいね」

 それから、彼は返信を送れなかった。

 リアルで会うことに、踏み出せなかったから。
 自分の見た目、声、生活、全部が“彼女が想像していたもの”に及ばない気がして、
 どうしても「会いたいね」と返すことができなかった。

 そのまま、時が過ぎた。
 一週間、二週間、一ヶ月。
 そして、返信は途絶えた。

 メッセージ一覧の中で、彼女の名前の横には「最終やりとり:8年前」という表示が浮かんでいる。

 プロフィール画像はもう消えていて、アカウントも非公開になっていた。

 けれど、一真はその画面をときどき開いてしまう。
 “返さなかった”ことを後悔しているわけじゃない。
 ただ、“あの会話の熱”を、まだどこかで持っていたかった。

 人は、忘れていく。
 食べたものも、聞いた曲も、誰かの言葉も。
 だけど、ごくたまに“忘れられない言葉”がある。

 たとえば、

「この小説、ずっと忘れないと思う。」

 それは、たった一行でも、永遠に心に残る。

 その夜、一真は文章を書いていた。

 けれど連載の続きを書く手は止まっていた。

 代わりに開いていたのは、テキストエディタ。
 そこに、昔の記憶をなぞるように、ひとつの掌編を書いた。

『彼は、返信のこないメッセージを何年も保存していた。
 もう届かないと知っていても、
 その文章を読み返すことで、“誰かとつながっていた時間”を思い出すことができた。

「この話、ずっと忘れない」
 その一行が、彼の人生でいちばんあたたかい言葉だった。』

 保存。
 でも投稿はしなかった。
 この話は、誰かに見せるためではなく、自分が生き延びるために必要な文章だった。

 そして彼は、いつもの連載ページに戻り、続きを書いた。

『老兵は、戦友からの返事がない手紙を、何度も読み返していた。
 誰かが過去にくれた“忘れない”という言葉だけが、
 今の自分を生かしていると、彼は気づいていた。』

 タイトルを入力する。

『返信のないまま終わった会話を、まだ覚えてる』

 投稿。完了。

 数分後、通知が届く。

 ♥1

 runa0213。
 彼の、唯一の読者。

 この話を読んで、彼女が何を思うかはわからない。
 けれど、もし――もし、彼女の中にも「返信のないまま終わった会話」があるのだとしたら、
 その記憶と、そっと隣り合えたような気がした。

「君も、あのときの言葉をまだ、覚えてたりするんだろうか……」

 誰にも聞こえない問いかけが、部屋の壁に吸い込まれていく。
 けれど、その余韻が、どこか心をあたためていた。

 記憶は消える。
 でも、言葉だけは、時々ふいに、戻ってくる。
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