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第五十八話 静けさの裏に、心音は高く(放課後の攻防)
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水曜日、放課後。
教室は部活組が抜けて、夕焼け色に包まれていた。
俺は荷物をまとめて、机に鞄を掛けた。
(今日は、誰も来ない……か?)
その希望は、すぐに打ち砕かれた。
「真壁くん、ちょっとだけいい?」
振り向けば、そこには明花。
すでに制服のカーディガンを脱いでいて、腕まくりのシャツ姿がどこか大人びて見えた。
「話、あるの」
静かな声だった。
ふたりで階段を降り、校舎裏の桜並木のベンチに腰を下ろす。
春ではないのに、なぜかここだけが柔らかい空気に包まれていた。
「ねえ、真壁くん」
「……うん」
「私、最近すごく焦ってたの。気づいてた?」
「……ちょっとだけ」
「だよね。私ってさ、プライド高いし、器用に見せようとするし……。
でも、気づいたの。君にだけは、それが意味ないって」
明花は、膝の上で両手を組んだ。
その指先が、少し震えていた。
「君の前だと、つい本音が出る。
見せたくない弱さも、恥ずかしさも、ぜんぶ……見透かされてる気がするの」
その言葉が、胸に直接響いた。
「それって、たぶん……恋なんだと思う」
夕陽が明花の横顔を照らしていた。
その頬に、少しだけ紅がさしている。
「でもね、恋って、勝ち負けじゃないんだって最近やっと思えてきた。
“君のそばにいたい”って願うことが、私の答えなのかもしれない」
明花は、そっと俺の手を取った。
指先が触れ合った瞬間、体温が伝わってきて、胸が大きく脈打つ。
「真壁くんが選ばなくてもいい。
でも、私だけは、絶対に君を選ぶ」
それだけ言って、明花は席を立った。
風が通り抜ける。
どこかでチャイムの音が鳴っていた。
帰り道。
誰とも会わず、一人で歩いていると、再び声がかかった。
「やっほー、真壁。今日は逃がさないよ?」
制服のスカートをゆらしながら、千夏が道路の反対側から走ってきた。
その手には缶コーヒーと、バイクのキー。
「明花さんと、何話してたの?」
「……見てたのか」
「見てたっていうか、感じた。
あたしも“女”だからね。ライバルの気配くらい、肌でわかるよ」
千夏は俺の横に並び、歩幅を合わせてきた。
「でも、あたしは焦らないよ。
……だって、真壁はまだ、“本気の一歩”踏み出してない」
「それって、どういう――」
「キスもしてない。手も握ったの、最近でしょ?
つまり、あんたはまだ、“心を許した誰か”を決めてない」
そう言って、千夏は俺の肩を軽く叩いた。
「その隙、あたしがもらうよ」
そう言い残して、千夏はバイクにまたがった。
エンジンの音が、夕焼けの坂道に響いていく。
(俺の心は、まだ揺れている)
でも、その揺れの中にある“鼓動”が、確かに強くなっている気がした。
(つづく)
教室は部活組が抜けて、夕焼け色に包まれていた。
俺は荷物をまとめて、机に鞄を掛けた。
(今日は、誰も来ない……か?)
その希望は、すぐに打ち砕かれた。
「真壁くん、ちょっとだけいい?」
振り向けば、そこには明花。
すでに制服のカーディガンを脱いでいて、腕まくりのシャツ姿がどこか大人びて見えた。
「話、あるの」
静かな声だった。
ふたりで階段を降り、校舎裏の桜並木のベンチに腰を下ろす。
春ではないのに、なぜかここだけが柔らかい空気に包まれていた。
「ねえ、真壁くん」
「……うん」
「私、最近すごく焦ってたの。気づいてた?」
「……ちょっとだけ」
「だよね。私ってさ、プライド高いし、器用に見せようとするし……。
でも、気づいたの。君にだけは、それが意味ないって」
明花は、膝の上で両手を組んだ。
その指先が、少し震えていた。
「君の前だと、つい本音が出る。
見せたくない弱さも、恥ずかしさも、ぜんぶ……見透かされてる気がするの」
その言葉が、胸に直接響いた。
「それって、たぶん……恋なんだと思う」
夕陽が明花の横顔を照らしていた。
その頬に、少しだけ紅がさしている。
「でもね、恋って、勝ち負けじゃないんだって最近やっと思えてきた。
“君のそばにいたい”って願うことが、私の答えなのかもしれない」
明花は、そっと俺の手を取った。
指先が触れ合った瞬間、体温が伝わってきて、胸が大きく脈打つ。
「真壁くんが選ばなくてもいい。
でも、私だけは、絶対に君を選ぶ」
それだけ言って、明花は席を立った。
風が通り抜ける。
どこかでチャイムの音が鳴っていた。
帰り道。
誰とも会わず、一人で歩いていると、再び声がかかった。
「やっほー、真壁。今日は逃がさないよ?」
制服のスカートをゆらしながら、千夏が道路の反対側から走ってきた。
その手には缶コーヒーと、バイクのキー。
「明花さんと、何話してたの?」
「……見てたのか」
「見てたっていうか、感じた。
あたしも“女”だからね。ライバルの気配くらい、肌でわかるよ」
千夏は俺の横に並び、歩幅を合わせてきた。
「でも、あたしは焦らないよ。
……だって、真壁はまだ、“本気の一歩”踏み出してない」
「それって、どういう――」
「キスもしてない。手も握ったの、最近でしょ?
つまり、あんたはまだ、“心を許した誰か”を決めてない」
そう言って、千夏は俺の肩を軽く叩いた。
「その隙、あたしがもらうよ」
そう言い残して、千夏はバイクにまたがった。
エンジンの音が、夕焼けの坂道に響いていく。
(俺の心は、まだ揺れている)
でも、その揺れの中にある“鼓動”が、確かに強くなっている気がした。
(つづく)
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