同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第五十九話 言葉に宿るもの、書けない想い(夜の原稿用紙)

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水曜日の夜。

 帰宅してシャワーを浴びたあと、俺は自室のデスクに向かっていた。
 机の上には、愛用のノートパソコンと、数冊の資料本。
 そして、編集部から返却された赤字入りのゲラ。

(〆切まで、あと三日……なのに)

 目の前の原稿ファイルは、ずっと“途中保存”のままだった。

 言葉が出てこない。
 書けない。

 理由ははっきりしていた。

 恋愛描写。
 ヒロインの言動。
 主人公の揺れ。

 それらが、すべて“今の自分”と重なりすぎていた。

(俺は、物語の中ですら、誰かをちゃんと好きになれてない)

 プロットの脇に書いたメモには、こう記されている。

『第二部、文化祭編にてヒロインとの関係を一段進める』

 でも。

『誰をヒロインにするか未定。描写が定まらない』

 それが、今の俺の“現実”でもあった。

 そんなとき、スマホが震えた。

 【編集・中森】「お疲れ様! 第二稿の進捗どう? 今週金曜に一度電話打ち合わせしたいです」

 タイムスタンプは21:34。

 (くそっ、そろそろ逃げられなくなる……)

 俺はペンを握り直す。

(せめて、一行だけでも。今日の俺にしか書けない言葉を)

 キーボードに指を乗せ、思い浮かべる。

 昼の明花。
 夕方の千夏。
 そして、朝食のときの碧純。

 どの彼女も、誰かのために、懸命に強がっていた。

(俺がもし“作家”として、物語で誰かの心を動かせるなら――)

 カタカタカタ。

 ようやく、一文目が浮かんだ。

『この世界で、一番不器用で、一番まっすぐな恋を、君に贈る』

 指が止まらなくなる。
 キャラのセリフが、頭の中で一斉に喋り出す。

 部屋の静けさに混ざって、キーボードの音がリズムを刻んでいく。

 0時過ぎ。

 ふと我に返って気づくと、原稿ファイルには8000文字近い文章が詰まっていた。

 達成感。
 そして、ほんの少しの……恐怖。

(これ、きっと“あの子”がモデルって、読者に伝わるよな……)

 それでも、俺は保存ボタンを押した。

『第十話・恋の選択肢は、無限ではない』

 画面に表示されたタイトルを見つめながら、俺はひとつ息を吐いた。

 たとえまだ“選べない”としても。
 俺には、物語で描ける“答え”がある。

 そして、いつかその答えを、
 現実の彼女たちにも、ちゃんと届けられるように。

(つづく)

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