61 / 630
第六十話 見透かされた原稿と、それぞれの読者たち
しおりを挟む
木曜日の放課後。
文芸部の部室にこっそり入り、俺はノートパソコンを開いて原稿を確認していた。
昨夜、一気に書き上げた第十話。
自分でも驚くほど筆が進んだが、それはつまり、頭の中が“彼女たち”のことでいっぱいだったという証拠だった。
主人公が、幼なじみと、転校生と、年上のヒロインの間で揺れる話。
読者からすれば王道なラブコメ展開だ。
でも、俺にとっては“実録”に近すぎる。
そのとき、部室のドアがノックされた。
「真壁先輩、いますか?」
声の主は、文芸部の後輩である一年の比良坂すみれ。
やたら敬語で話す、地味な文学少女……なのだが、
最近はやけに視線を感じることが多かった。
「いるけど、どうした?」
「えっと……差し入れです。あと……これ、読みました」
そう言って差し出されたのは、印刷された俺の原稿。
しかも、赤ペンで感想や構成のコメントまでびっしり書かれている。
「なっ、え、これ……どこで手に入れた!?」
「クラウドにアップしてましたよね。URL、共有設定ミスってたみたいで」
やってしまった。
すみれは一礼してから、少しだけ早口でまくしたてる。
「でもすごく良かったです。ヒロインたちの心理描写がとても繊細で、リアルで、しかも第十話……あれは、実体験ですよね?」
「ちょ、ちょっと待て、断定するな」
「だって、“制服の香りが混ざった髪の匂い”とか、“怒ってるのに目が潤んでて綺麗だった”とか……普通そんな表現、経験してなきゃ出てきません」
図星すぎて返す言葉もない。
「で、誰なんですか? モデル」
「言うかバカ!」
俺が動揺していると、すみれはにやりと笑った。
いつもの控えめな文学少女とは別人の顔だ。
「じゃあ、私も混ぜてくださいね」
「え?」
「次のヒロイン候補。地味枠での参戦、ありだと思います」
その瞬間、部室のドアが再び開いた。
「おい、真壁。ここにいるって聞いて……」
現れたのは、制服の上にジャージを羽織った千夏だった。
すみれと目が合い、一瞬の静寂。
その後、千夏はにやりと笑った。
「……へぇ、可愛い後輩もいるんだ。こりゃあ、ますます燃えるね」
「ち、千夏……部外者が入っちゃマズいって」
「見学だ見学。お前の“創作の現場”見てみたくてさ」
すみれは穏やかに笑いながら言った。
「創作のモデルが目の前にいたら、インスピレーションも湧くでしょう?」
「ちょ、おま、マジでやめてくれ……」
部室の空気が完全に修羅場前夜のそれになってきた。
俺は机の上の原稿ファイルを慌てて閉じ、背もたれに深く倒れ込んだ。
(なにが“二次元の理想”だ……三次元のほうが、何倍も過酷じゃねぇか)
それでも、胸の奥が少しだけ高鳴っていたのも事実だった。
書くことと、生きること。
その境界線が、どんどん曖昧になっていく。
(つづく)
文芸部の部室にこっそり入り、俺はノートパソコンを開いて原稿を確認していた。
昨夜、一気に書き上げた第十話。
自分でも驚くほど筆が進んだが、それはつまり、頭の中が“彼女たち”のことでいっぱいだったという証拠だった。
主人公が、幼なじみと、転校生と、年上のヒロインの間で揺れる話。
読者からすれば王道なラブコメ展開だ。
でも、俺にとっては“実録”に近すぎる。
そのとき、部室のドアがノックされた。
「真壁先輩、いますか?」
声の主は、文芸部の後輩である一年の比良坂すみれ。
やたら敬語で話す、地味な文学少女……なのだが、
最近はやけに視線を感じることが多かった。
「いるけど、どうした?」
「えっと……差し入れです。あと……これ、読みました」
そう言って差し出されたのは、印刷された俺の原稿。
しかも、赤ペンで感想や構成のコメントまでびっしり書かれている。
「なっ、え、これ……どこで手に入れた!?」
「クラウドにアップしてましたよね。URL、共有設定ミスってたみたいで」
やってしまった。
すみれは一礼してから、少しだけ早口でまくしたてる。
「でもすごく良かったです。ヒロインたちの心理描写がとても繊細で、リアルで、しかも第十話……あれは、実体験ですよね?」
「ちょ、ちょっと待て、断定するな」
「だって、“制服の香りが混ざった髪の匂い”とか、“怒ってるのに目が潤んでて綺麗だった”とか……普通そんな表現、経験してなきゃ出てきません」
図星すぎて返す言葉もない。
「で、誰なんですか? モデル」
「言うかバカ!」
俺が動揺していると、すみれはにやりと笑った。
いつもの控えめな文学少女とは別人の顔だ。
「じゃあ、私も混ぜてくださいね」
「え?」
「次のヒロイン候補。地味枠での参戦、ありだと思います」
その瞬間、部室のドアが再び開いた。
「おい、真壁。ここにいるって聞いて……」
現れたのは、制服の上にジャージを羽織った千夏だった。
すみれと目が合い、一瞬の静寂。
その後、千夏はにやりと笑った。
「……へぇ、可愛い後輩もいるんだ。こりゃあ、ますます燃えるね」
「ち、千夏……部外者が入っちゃマズいって」
「見学だ見学。お前の“創作の現場”見てみたくてさ」
すみれは穏やかに笑いながら言った。
「創作のモデルが目の前にいたら、インスピレーションも湧くでしょう?」
「ちょ、おま、マジでやめてくれ……」
部室の空気が完全に修羅場前夜のそれになってきた。
俺は机の上の原稿ファイルを慌てて閉じ、背もたれに深く倒れ込んだ。
(なにが“二次元の理想”だ……三次元のほうが、何倍も過酷じゃねぇか)
それでも、胸の奥が少しだけ高鳴っていたのも事実だった。
書くことと、生きること。
その境界線が、どんどん曖昧になっていく。
(つづく)
10
あなたにおすすめの小説
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる