同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第六十話 見透かされた原稿と、それぞれの読者たち

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木曜日の放課後。

 文芸部の部室にこっそり入り、俺はノートパソコンを開いて原稿を確認していた。
 昨夜、一気に書き上げた第十話。
 自分でも驚くほど筆が進んだが、それはつまり、頭の中が“彼女たち”のことでいっぱいだったという証拠だった。

 主人公が、幼なじみと、転校生と、年上のヒロインの間で揺れる話。
 読者からすれば王道なラブコメ展開だ。
 でも、俺にとっては“実録”に近すぎる。

 そのとき、部室のドアがノックされた。

「真壁先輩、いますか?」

 声の主は、文芸部の後輩である一年の比良坂すみれ。
 やたら敬語で話す、地味な文学少女……なのだが、
 最近はやけに視線を感じることが多かった。

「いるけど、どうした?」

「えっと……差し入れです。あと……これ、読みました」

 そう言って差し出されたのは、印刷された俺の原稿。
 しかも、赤ペンで感想や構成のコメントまでびっしり書かれている。

「なっ、え、これ……どこで手に入れた!?」

「クラウドにアップしてましたよね。URL、共有設定ミスってたみたいで」

 やってしまった。

 すみれは一礼してから、少しだけ早口でまくしたてる。

「でもすごく良かったです。ヒロインたちの心理描写がとても繊細で、リアルで、しかも第十話……あれは、実体験ですよね?」

「ちょ、ちょっと待て、断定するな」

「だって、“制服の香りが混ざった髪の匂い”とか、“怒ってるのに目が潤んでて綺麗だった”とか……普通そんな表現、経験してなきゃ出てきません」

 図星すぎて返す言葉もない。

「で、誰なんですか? モデル」

「言うかバカ!」

 俺が動揺していると、すみれはにやりと笑った。
 いつもの控えめな文学少女とは別人の顔だ。

「じゃあ、私も混ぜてくださいね」

「え?」

「次のヒロイン候補。地味枠での参戦、ありだと思います」

 その瞬間、部室のドアが再び開いた。

「おい、真壁。ここにいるって聞いて……」

 現れたのは、制服の上にジャージを羽織った千夏だった。
 すみれと目が合い、一瞬の静寂。

 その後、千夏はにやりと笑った。

「……へぇ、可愛い後輩もいるんだ。こりゃあ、ますます燃えるね」

「ち、千夏……部外者が入っちゃマズいって」

「見学だ見学。お前の“創作の現場”見てみたくてさ」

 すみれは穏やかに笑いながら言った。

「創作のモデルが目の前にいたら、インスピレーションも湧くでしょう?」

「ちょ、おま、マジでやめてくれ……」

 部室の空気が完全に修羅場前夜のそれになってきた。

 俺は机の上の原稿ファイルを慌てて閉じ、背もたれに深く倒れ込んだ。

(なにが“二次元の理想”だ……三次元のほうが、何倍も過酷じゃねぇか)

 それでも、胸の奥が少しだけ高鳴っていたのも事実だった。

 書くことと、生きること。
 その境界線が、どんどん曖昧になっていく。

(つづく)

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