同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第六十一話 読まれた心と、開かれる物語の扉

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木曜日の夜。時刻は午後11時を回っていた。

 原稿ファイルを閉じてからも、俺の心は落ち着かなかった。

 文芸部の部室で、比良坂すみれに読まれた“俺の物語”。
 あれは確かに、フィクションの仮面をかぶってはいたが……その裏側には、俺自身の想いが染みついていた。

 そして千夏。
 彼女がやってきた瞬間、俺の“創作の場所”は、現実に浸食された。

 小説家としての“言葉の領域”に、ヒロインたちが踏み込んできている。
 それは、どこか……悪くない感覚だった。

 翌朝、金曜日。

 いつもより早く目が覚めた俺は、キッチンで湯を沸かしながらスマホを開いた。

【比良坂すみれ】

昨日の原稿、やっぱりあの表現が好きです。
『彼女の沈黙は、拒絶ではなく、“待つ勇気”だ』
あれ、私もそうなりたいなって思いました。

(……やっぱ、読まれてるな)

 “物語の読者”が、自分の書いた言葉に共鳴してくれる。
 それは作家冥利に尽きることだけど……

 同時に、“俺自身が見透かされている”ようで、どこか怖かった。

 登校途中。

 駅の改札を抜けようとしたとき、肩をトントンと叩かれた。

「おはよー真壁、偶然だな!」

 笑顔で近づいてきたのは、ルナ。
 いや、霧咲ルナ“モード”ではなく、地毛のままの黒髪に、控えめな私服。

「……今日はキャラお休み?」

「いや、実はね……」

 そう言って、彼女は小さな封筒を差し出してきた。

「今度の文芸部発表会、わたしも“出す”ことにした」

「原稿? 自分で書いたの?」

「うん。“中二病ヒロインが現実の恋に堕ちるまで”って小説」

「……それ、お前自身じゃねえか!」

 彼女は照れたように笑った。

「真壁くんが、“本気で書いてる”って思ったから。
 わたしも、嘘をやめて、本気出してみようって思った」

 彼女の目は、冗談じゃなく、まっすぐだった。

「読んでね。……読んだら、わたしをちゃんと“ヒロイン”として見てくれるかなって、思ってる」

 そう言って、彼女は朝の人混みにまぎれていった。

 手の中に残った原稿封筒が、ずっしりと重かった。

(“彼女たち”もまた、俺の物語を読もうとしてる)
(なら、俺も――彼女たちの物語を、ちゃんと読まなきゃいけない)

 放課後。

 文芸部の部室。

 ノートパソコンの画面には、執筆中の第十一話。
 カーソルが点滅するなか、俺はゆっくりと書き始めた。

『彼女たちは、ただ恋をしているわけじゃない。
誰かに選ばれるのを、ただ待っているだけじゃない。
それぞれが、誰かの“人生”に本気で関わろうとしている。』

 言葉は自然に流れてきた。
 これはもう、“作品”ではなかった。
 これは、“いま俺が生きている青春”そのものだ。

 書くことと、生きること。
 その境界が、今日またひとつ溶けていく。

(つづく)

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