同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第一一三話 創作の扉、少しだけ開く

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カフェオレの湯気が揺れていた。

 俺は自室の机の前で、ようやく少しずつ、言葉を画面に並べていた。
 まだ本調子じゃない。
 けれど、昨日とは違う。
 頭の中に少しずつキャラクターたちの声が戻ってきている。

(すみれとの帰り道……やっぱり効いたな)

 あの柔らかな微笑みと、凛とした視線。
 碧純の涙交じりの嫉妬と、ひよりや瑠衣の“見守り監視”までもが、今の俺には不思議とエネルギーに変わっていた。

(彼女たちの全部が、俺の物語になってる)

 キーボードを叩く指に、確かな実感が宿っていた。

 ただ、まだ整理はつかない。
 誰かをモデルにすればするほど、現実と創作の境界がぼやけていく。

(このままだと、ラノベじゃなくて“日記”になっちまう)

 苦笑しながらカップを持ち上げる。
 そのとき、ディスプレイに映った自分の顔が目に入った。

 ……情けないくらいの、迷い顔。

「俺……本当に、作家なのか……?」

 小さな声で呟くと、部屋のドアがノックされた。

 ドクン。

 この音に、最近の俺はもう敏感になっていた。

「……入っていい?」

 ドアの外から聞こえたのは、水無瀬すみれの声だった。

「あ、うん……どうぞ」

 そっと入ってきたすみれは、部屋の空気を一瞬で和らげた。

「……何か書いてるの?」

「うん。ようやく、少しだけ筆が進んだとこ」

 すみれは机の横に座り、画面をちらりと見た。
 そこに映っていたのは、まだ未完成のラノベ原稿の冒頭。

「……これ、読んでもいい?」

「え?」

「無理には言わない。でも、今の弘弥くんが書いたものに、少しだけ触れてみたくて」

 俺は少し悩んでから、うなずいた。

 画面をすみれのほうへ傾け、言葉は何も添えずに、ただ静かに読ませる。

 数分後——

「……弘弥くんらしいね」

 すみれは、そう笑った。

「悩んでるのも、迷ってるのも伝わってきた。でも、ちゃんと前に進もうとしてる。……それだけで、わたしはすごく嬉しい」

 その言葉に、肩の力が抜けた。

「……ありがとう」

 ようやく出てきた言葉は、それだけだった。

 でも。
 たぶん、今の俺には、それだけで十分だった。

(つづく)
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