同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

第二一八話 ガタンゴトンと春の旅──ひたちなか海浜鉄道へ

翌朝。
　薄曇りながらも、春風が心地よい天気だった。

　俺たちは水戸駅から常磐線に乗って、勝田駅へと向かっていた。
　そこからは、ローカル線——ひたちなか海浜鉄道湊線に乗り換える。

　勝田駅のホームに入ると、目の前に現れたのは、一両編成の可愛らしいディーゼル車両だった。
　白と青の塗装が、どこか昔懐かしい。

「わあ……これがひたちなか海浜鉄道……」（すみれ）
「ねぇねぇ、これってさ、映画とかアニメに出てきそうな雰囲気じゃない？」（ルナ）
「地方鉄道……その響き、いいわ……」

　車内は木製の床とビニールのベンチシート。
　エンジンの低い音が響き始めると、列車はゆっくりと出発した。

　勝田駅を出てすぐ、車窓の風景が開ける。
　整然とした住宅街の中に、畑がぽつぽつと現れ始める。
　季節の野菜を育てる畑の端には、まだ菜の花が咲いていて、黄色の群れが目にまぶしい。

「うわ……見て！ あの畑、なんかネギの海みたいになってるよ！」（ルナ）
「茨城は農業も盛んですからね。春先は特に新鮮な野菜が豊富ですの」（イザベラ）

　車両は那珂湊を目指して走る。
　ときおり見える太平洋の水平線が、曇天の下でも青く輝いていた。

　海沿いの民家、小さな港町、瓦屋根の古い商店。
　通り過ぎる風景には、都会では感じられない、ゆっくりとした時間の流れがあった。

「……いい匂い。潮の香りがする」（すみれ）
「観察対象、車窓に釘付け。表情、平常時より和らいでいる」（ひより）

　列車が阿字ヶ浦駅に近づく頃、俺たちは皆、無言で車窓を眺めていた。
　空の色、海の匂い、風の音……どれもが、静かに心に染み込んでいく。

　駅に降り立つと、広がるのは真っ平らな空と、遠くに青く霞む丘。

「こっから歩けば、すぐ公園だよね？」（碧純）

「うん。あの丘の向こうに、ネモフィラが待ってる」

　スニーカーをきゅっと履き直して、俺たちは歩き出す。
　風が春の匂いを運んでいた。

　まるで、何かが始まるような——そんな気がしていた。