同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第二三二話「王女の助け舟と、揺れる想い」

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「──わたくしが、代わりに申し上げましょうか?」

 

その声は、まるで水面に投じられた一粒の雫のように、静かに、だが確かに場の空気を変えた。

 

教室の一角、窓際の席から立ち上がったイザベラ・アーデン王女。その金糸のような髪が、午後の日差しに煌めいた。

 

「真壁弘弥氏は、私たちの──全員の、努力を等しく認めているのですわ。誰がモデルか、などという問い自体が、彼にとっては意味を持たないのです」

 

静寂。

 

クラス中が、まるで時間が止まったかのように沈黙した。

 

──そんな顔するなよ、イザベラ。

俺のことを想ってくれてるのは、痛いほど分かってる。

 

「でも、現に──“あのシーン”と“このポーズ”、わたしのときとそっくりだったんだけど!? それに、“お兄ちゃん”って呼ぶキャラは、あれ碧純ちゃんでしょ!?」

 

ルナが机をバンッと叩き、ルーズソックスの脚を前に突き出した。
「え? え、ちょ、待って、それってつまり──私がモデルって言いたいの?」
横から一ノ瀬ひよりがノートに“モデル予想分布図”を書き始めていた。何だその図。

 

「私は……そういうの、気にしません」

 

静かに、しかし芯の通った声で言ったのは、水無瀬すみれだった。
だがその眼差しの奥には、確かに、ほんのわずかに揺らぐ光が見えた。

 

「本当に……気にしていませんか?」と、ひよりがすかさず追撃。
「心拍数、先ほどより2.3倍。視線、10秒以上正面に固定。これは──気にしてますね。観察記録、更新します」

 

すみれは一瞬だけ睨み返したが、すぐに微笑んで黙った。大人の余裕である。

 

「なあ……もうやめないか?」

 

俺は立ち上がり、目の前のアンケート用紙を破った。

 

「俺の作品のキャラは……全員、みんなのいいところを詰め込んだ“理想”だ。だから誰がモデルか、なんて決められないんだよ。そりゃ、どこか似てる部分はあるかもしれない。でも、だからって──“あのキャラはお前”って決めつけるのは、ちょっと違うと思う」

 

沈黙。数秒。

 

「じゃあ……“俺”がモデルのキャラって、いるの?」

 

その問いを発したのは、他でもない。
──碧純だった。

 

みんなの視線が一斉に、俺と彼女の間に集まった。

 

「答えてよ、弘弥くん。“あなた”が作品の中にいるなら……“誰”なの?」

 

「それは──」

 

俺は言葉に詰まった。

 

なぜなら、誰よりもヒロインに振り回され、圧倒され、ときに愛され、怖がられ、困らされ、でも心から誰かを想って筆を走らせる男。

 

それが──まぎれもない、俺自身だったからだ。

 

「──多分、主人公の“まかべくん”が、俺自身なんだと思う」

 

「……だと思った」

 

碧純はふっと、息をついた。

だがその顔は、決して笑ってはいなかった。

 

「でも……それってつまり、“全部のヒロインに心動かされてる”ってことでしょ?」

 

「そ、それは……」

 

──たしかに。

 

気づけば俺の心は、何度も揺れた。

すみれの知的な微笑みに。
ルナの明るさと優しさに。
ひよりの不思議な距離感に。
りあの闇に触れたときにも。
そして──イザベラの気高さと覚悟に。

 

「──わたくしは、別に構いませんわ」

 

イザベラが、すっと俺の隣に立った。

 

「貴方の心が、どれほど多くの想いに揺れるとしても。わたくしは、そこに居続けることを選びます。……“物語の、傍らに”」

 

イザベラの言葉に、皆が言葉を失う。

だがその直後、

 

「お兄、浮気性……」

 

碧純の小さな声が、教室に響いた。

そして──

 

「……でも、そういうとこ、嫌いじゃない」

 

くしゃっと、照れ隠しのように笑う彼女を見て、俺はようやく息を吐いた。

 

 

だが──その時だった。

 

スマートフォンが震えた。

画面に表示されたのは、“黒瀬りあ”からのメッセージ。

 

『相談、あるの。……今日の放課後、来て。あの屋上で』

 

俺の心が、再び波を立てた。

──今日の放課後、屋上で待つ。

 

黒瀬りあのメッセージは、短く、冷たいのに、妙に感情の熱を孕んでいた。
どこか──“覚悟”を感じさせる文章だった。

 

「……黒瀬さん、どうしたんだろう」

 

小さく呟いた俺に、すぐ隣にいたイザベラが小さく首をかしげた。

 

「黒瀬りあ嬢ですの?」

 

「ああ。なんか……気になる。あいつ、普段こんな言い方しないんだよな。『来て』じゃなくて『来てね』とか『よかったら』って、いつも柔らかい感じなのに……」

 

「わたくしも、ご一緒いたしましょうか?」

 

その一言に、胸がズキンと鳴った。

 

──駄目だ、それじゃダメなんだ。

 

「いや……ありがとう。でも、これは俺ひとりで行くよ」

 

「……そう、ですわね」

 

イザベラはふっと寂しげに微笑んで、頷いた。
その横顔に映る光と影が、やけに美しくて、目を逸らすことしかできなかった。

 

 

そして放課後。

 

俺は、屋上の扉を開けた。

 

夕焼けが、校舎の上を橙に染めていた。

 

フェンス際に、制服のまま佇む少女がいた。
黒瀬りあ。

風に髪をなびかせながら、こちらに振り返る。

 

「──来てくれたんだ」

 

「りあ、どうしたんだよ。何かあった?」

 

俺が歩み寄ると、りあは小さく首を振った。

 

「ううん。何も“起きて”ない。でも……“起きそう”なの。わたしの中で」

 

「……?」

 

「たぶん……わたし、今──“限界”なのかもしれない」

 

その声は、穏やかだった。
だけど、その瞳は、張り詰めた糸のように危うく揺れていた。

 

「弘弥くんは、やさしいから。誰にでも平等で、丁寧で、まっすぐで……でも、それって、たまに“残酷”なんだよ」

 

「残酷……?」

 

「うん。誰か一人を特別に選ばないって、全員に優しいってことは、誰のこともちゃんと選んでないってことになるんだよ。ずっと“待ってる人”にとっては……地獄なんだ」

 

「りあ……」

 

「わたしね、今日……“消えちゃいたい”って思ったの」

 

──ぞくりとした。

 

風が冷たくなった気がしたのは、気のせいじゃなかった。

 

「でもね、今日の授業で、イザベラさんの言葉を聞いたときに、少しだけ思ったんだ。“誰かの傍にいる”って、そういうことかもって」

 

彼女は、ポケットから何かを取り出した。

──一冊の文庫本。

 

俺の作品だった。

 

「この本に救われてきた。弘弥くんに救われてきた。だから……」

 

風が吹く。

夕焼けが、瞳に反射してきらりと光った。

 

「“わたしも、誰かを救えるようになりたい”って、思っちゃった」

 

「りあ……それって──」

 

「だから、決めたの。逃げない。誰も呪わない。自分の想いを、ちゃんと伝えるって」

 

そして彼女は、まっすぐ俺を見て言った。

 

「弘弥くんが誰を好きでも、他の子と付き合っても……わたし、きっと傍にいる。だって、弘弥くんの物語に、わたしは出てるから。……ちゃんと、いるから」

 

涙がこぼれそうなのに、りあは笑っていた。

その姿があまりにも愛しくて──胸が締め付けられるようだった。

 

俺は黙って、彼女の頭に手を伸ばした。

 

「ありがとう。俺……もっと強くなるよ。ちゃんと、自分で選べるように」

 

「……うん。じゃあ、楽しみにしてる。わたしのこと、ずっと観察しててね」

 

「それは……りあのセリフじゃないだろ」

 

思わず笑いながら返すと、りあも小さくくすくすと笑った。

 

 

その時。

 

「──あら、甘いわねぇ、あなたたち」

 

屋上の扉が、再び開いた。

そこに立っていたのは、白神ルナ。

 

「わたしも混ぜて? 修羅場には、ルナ様がいないと始まんないでしょ」

 

「ルナ!?」

 

「よっ、王子。で、どの子が本命か決めた? それとも──みんな愛して、ってタイプ?」

 

冗談めかして言いながらも、ルナの視線は鋭かった。

 

「さあ、答えてもらうよ……“最終ヒロインアンケート”、第2ラウンドのはじまりだね!」
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