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第四七四話『お兄ちゃんは、誰と入りたいの?』
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露天風呂という名の地獄から抜け出し、俺は疲労困憊のまま館内のリクライニングエリアへと逃げ込んだ。
木造フローリングの廊下を歩きながら、体にまとわりつく湯気と視線の名残りを振り払うように、タオルを肩にかけて深呼吸する。
もう、混浴だの水着だの、心拍数がどうこうだの……限界だ。
せめて、せめて今度こそ──
リクライニングチェアに一人で沈み、静かに水分を摂って、ぼんやりと眠りにつきたい。
それだけが願いだった。
しかし、俺の“平穏に対する希望”は、次の瞬間あっさりと打ち砕かれることになる。
「弘弥くん~! こっちこっち~!」
ルナだった。
白いタオル地のローブ姿で、リクライニングチェアに寝そべりながら手を振っている。
いや、振ってるのは片手で、もう片方の隣の椅子には……誰かのネームタグが置かれていた。
『予約:まかべひろや』
予約て。誰が許可した。
「わ、私もこっち空けてるよ、弘弥くん……」
今度はすみれ。
読書用のタブレット片手に、さりげなく空けられた隣席。
「観察対象としては、呼吸音の計測が理想的な環境です」
ひよりが、すでに俺の脈拍アプリを起動しながらリクライニングを整えている。
「私は……布団より固い椅子の方が好きなだけ。別に一緒に休みたいわけじゃ……っ」
碧純が焦っているが、明らかに俺の視線を気にして椅子の向きを調整している。
そしてことねは──
「静寂の聖域へ、今こそ肉体を預けよう」
なぜか瞑想の構えを取り、すでに深呼吸に入っている。
完全に包囲されていた。
この温泉施設内において、俺がひとりで“休める椅子”など存在しなかったのだ。
「……みんな、さすがにこれはちょっと……」
俺が汗を浮かべながら苦笑すると、ルナが何気ない風を装って爆弾を投下した。
「で? 弘弥くんは、誰と休みたいの?」
周囲の空気が凍る。
いや、表面上は凍った風に見せかけて、実際には湯上がりボディの熱気を帯びた視線が一斉に俺に突き刺さっていた。
「そ、それは、その……えーと……」
「ねえ、すみれ」「やっぱ妹枠は強いのかな」「布の厚みとか影響ある?」「観察中断していい?」「黙して語るスタイル……?」
一人ずつ、圧がすごい。
俺はとうとう叫んだ。
「じゃあ、ランダムにしよう!!」
「ランダム!?」
「アプリで! くじ引きアプリで! 公平に!」
ポケットからスマホを取り出し、くじアプリを起動。
名前を入力しながら、何が公平なのか分からなくなってきた。
“すみれ” “ルナ” “ひより” “碧純” “ことね”
ランダム。
運命。
公平な選択のはずが、一番傷を残す仕組みに思えてならなかった。
画面をタップ。
……選ばれた名前は──
「……碧純」
一瞬、空気が止まった。
「……っ、べ、別に!? こ、光栄とか思ってないし!!」
顔を真っ赤にして立ち上がる碧純。
「べ、べつに添い寝ってわけじゃないし!? 隣ってだけだし!?!?」
だが、それを静かに見ていたすみれが言う。
「でも、それって……実質“添い寝希望者選択”よね?」
「じゃあ逆に聞く」
碧純がぎゅっとタオルを握りしめて言った。
「“誰とは一緒に休みたくない”の?」
その瞬間、地雷原に火が投げ込まれた。
「……それ、聞く必要ある!?」
俺が慌てて言っても遅い。
「“一緒に休みたい”より、“休みたくない”の方が、本音出るよね?」
ルナの追い討ち。
「うっわ、それはデータ取りたい」
ひよりが記録モードON。
「……観察は地雷を掘ることではない」
ことねが呟いた。
そしてすみれが、苦笑混じりに言う。
「弘弥くん。いい機会だから、ちゃんと答えてもらえる?」
俺は、逃げられなかった。
布でも、水風呂でも、混浴でもない。
今、目の前にあるのは──素の感情と、向き合う布団だった。
木造フローリングの廊下を歩きながら、体にまとわりつく湯気と視線の名残りを振り払うように、タオルを肩にかけて深呼吸する。
もう、混浴だの水着だの、心拍数がどうこうだの……限界だ。
せめて、せめて今度こそ──
リクライニングチェアに一人で沈み、静かに水分を摂って、ぼんやりと眠りにつきたい。
それだけが願いだった。
しかし、俺の“平穏に対する希望”は、次の瞬間あっさりと打ち砕かれることになる。
「弘弥くん~! こっちこっち~!」
ルナだった。
白いタオル地のローブ姿で、リクライニングチェアに寝そべりながら手を振っている。
いや、振ってるのは片手で、もう片方の隣の椅子には……誰かのネームタグが置かれていた。
『予約:まかべひろや』
予約て。誰が許可した。
「わ、私もこっち空けてるよ、弘弥くん……」
今度はすみれ。
読書用のタブレット片手に、さりげなく空けられた隣席。
「観察対象としては、呼吸音の計測が理想的な環境です」
ひよりが、すでに俺の脈拍アプリを起動しながらリクライニングを整えている。
「私は……布団より固い椅子の方が好きなだけ。別に一緒に休みたいわけじゃ……っ」
碧純が焦っているが、明らかに俺の視線を気にして椅子の向きを調整している。
そしてことねは──
「静寂の聖域へ、今こそ肉体を預けよう」
なぜか瞑想の構えを取り、すでに深呼吸に入っている。
完全に包囲されていた。
この温泉施設内において、俺がひとりで“休める椅子”など存在しなかったのだ。
「……みんな、さすがにこれはちょっと……」
俺が汗を浮かべながら苦笑すると、ルナが何気ない風を装って爆弾を投下した。
「で? 弘弥くんは、誰と休みたいの?」
周囲の空気が凍る。
いや、表面上は凍った風に見せかけて、実際には湯上がりボディの熱気を帯びた視線が一斉に俺に突き刺さっていた。
「そ、それは、その……えーと……」
「ねえ、すみれ」「やっぱ妹枠は強いのかな」「布の厚みとか影響ある?」「観察中断していい?」「黙して語るスタイル……?」
一人ずつ、圧がすごい。
俺はとうとう叫んだ。
「じゃあ、ランダムにしよう!!」
「ランダム!?」
「アプリで! くじ引きアプリで! 公平に!」
ポケットからスマホを取り出し、くじアプリを起動。
名前を入力しながら、何が公平なのか分からなくなってきた。
“すみれ” “ルナ” “ひより” “碧純” “ことね”
ランダム。
運命。
公平な選択のはずが、一番傷を残す仕組みに思えてならなかった。
画面をタップ。
……選ばれた名前は──
「……碧純」
一瞬、空気が止まった。
「……っ、べ、別に!? こ、光栄とか思ってないし!!」
顔を真っ赤にして立ち上がる碧純。
「べ、べつに添い寝ってわけじゃないし!? 隣ってだけだし!?!?」
だが、それを静かに見ていたすみれが言う。
「でも、それって……実質“添い寝希望者選択”よね?」
「じゃあ逆に聞く」
碧純がぎゅっとタオルを握りしめて言った。
「“誰とは一緒に休みたくない”の?」
その瞬間、地雷原に火が投げ込まれた。
「……それ、聞く必要ある!?」
俺が慌てて言っても遅い。
「“一緒に休みたい”より、“休みたくない”の方が、本音出るよね?」
ルナの追い討ち。
「うっわ、それはデータ取りたい」
ひよりが記録モードON。
「……観察は地雷を掘ることではない」
ことねが呟いた。
そしてすみれが、苦笑混じりに言う。
「弘弥くん。いい機会だから、ちゃんと答えてもらえる?」
俺は、逃げられなかった。
布でも、水風呂でも、混浴でもない。
今、目の前にあるのは──素の感情と、向き合う布団だった。
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