同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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【第五二〇話】『暴走キッチン──カオスと狂気の晩餐会』

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「──地獄は、まだ始まったばかりだった。」

 弘弥は、震える手できゅうりのぬか漬けを口に運びながら、
 机の上に広がる惨状を改めて見渡した。

 まるで、悪夢だった。

 ◆

「兄、こっちも食べてみてよ!」

 ルナが無邪気な笑顔で差し出したのは──
 七色に光り輝くパスタ。

 もはや虹色を通り越して、毒々しい光を放っている。
 化学兵器にしか見えない。

「ほらー、SNS映え狙ってさ! カラフルパスタ作ったの!」

「……ど、どうやって……?」

「食紅? あと、アイシャドウもちょっと混ぜた!」

「混ぜるなあああああ!!」

 絶叫しながらも、一口だけフォークに巻いて口に運ぶ弘弥。

 ──舌に広がったのは、謎の甘味、苦味、そして得体の知れないケミカルな後味。

「……うっ……」

 胃袋が、さっき食べたぬか漬けごと悲鳴を上げた。

 ◆

 次に迫ってきたのは碧純。

「兄! 特製おにぎり! これ食べて!」

 手渡されたそれは、
 ……明らかに硬かった。

「これ、ほんとにご飯?」

「うん! 圧縮してギュウギュウにして、さらに冷蔵庫で冷やして、カチカチにしたの!」

「なぜそんな無駄な手間を……!」

 手に取った瞬間、ズシリと重い。
 まるで武器。
 もはや弾丸。

「兄なら食べられるよね? 愛情こめたから!」

(愛情の方向性が間違ってる……!!)

 歯をくいしばり、かじりつく。

 ──ガリッ。

「痛っ!?」

 歯が折れたかと思った。

「……観察対象、顎への負荷、危険域。」

 横でひよりが冷静にメモしていた。

 ◆

 そして、すみれの出番。

「弘弥くん、栄養を考えて……薬膳スープを。」

 鍋から立ち上る湯気は、妙に漢方くさい。
 中を覗くと、黒い木の実、得体の知れない根っこ、薬草、薬草、薬草。

「……これ、飲める?」

「きっと、身体にはいいはずです。」

 きっぱりと言い切るすみれ。
 信用しかけたが──
 一口飲んだ瞬間、身体中の毛穴が開いた。

「苦ぁぁぁぁぁぁ!!!」

 文字通り、苦味だけで人を昇天させるレベルだった。

 ◆

 だが、地獄はまだ続く。

「特製、納豆タワーパフェ。」

 ひよりが差し出してきたのは、
 納豆と生クリームとチョコソースが混ざり合った、地獄の塔。

「ど、どんな発想で……」

「発酵食品同士は、相乗効果を生むと聞きました。」

 理論は分かる。
 だが、納豆と生クリームのにおいは理論を超越していた。

 無理やり口に運ぶ。

 ──粘る、甘い、臭い、崩壊する。

「……うっぷ……」

 弘弥は、震えながら水をがぶ飲みした。

 ◆

「弘弥様っ! わたくしの故郷の味を!」

 ミレーヌが運んできたのは、
 羊の脳みそを蒸し煮にした料理だった。

「た、食べるのかこれ……」

 見た目はプリン。
 だが、香りは完全に……脳。

 目をつむり、口に入れる。

 ──ぬるい脂が広がった瞬間、脳が死んだ。

「っ……!」

 何も言えなかった。
 涙だけが静かに流れた。

 ◆

「最後は、わたくしが。」

 エレノアが、誇らしげにカレー鍋を差し出した。

「特製、激辛地獄カレーですわ!」

「……何を特製したんだ……?」

「タバスコ、ハバネロ、ブートジョロキア、キャロライナリーパーをふんだんに……」

「死ぬぞ!?」

 止める間もなく、一口食べた。

 ──胃が、灼けた。

「っがああああああああ!!!」

 あまりの辛さに、弘弥はのたうち回った。

「お兄!? お兄いいいいいい!!」

「兄、死なないで!!」

「救急車呼ぶ!? 呼ぶ!?」

 ヒロインたちが騒ぐ中、
 弘弥は、かろうじて机に手を伸ばし、
 もう一度、ぬか漬けを手に取った。

 カリッ。

 ──天国だった。

(……やっぱり……このぬか漬けだけは……生きてる味がする……)

 弘弥は、ふらふらの意識の中で、
 この素朴な味に、命を繋いだのだった。
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