同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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【第五二一話】『奇跡の救済──“ぬか漬け”だけが美味かった』

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 胃の中が地獄絵図だった。

 甘ったるくも苦い七色パスタ、
 圧縮兵器並みの超硬おにぎり、
 命を削る薬膳スープ、
 納豆パフェの呪い、
 羊脳の悪夢、
 そして超絶激辛カレー。

 ──あらゆる“料理兵器”を受けた弘弥の胃は、今にも反乱を起こしかけていた。

「う、うぅ……」
 テーブルに突っ伏し、呻く弘弥を、ヒロインたちは心配そうに囲んでいた。

「だ、大丈夫!? 兄!!」
「お兄、ごめんね、兄の胃がそんなことに……!」

「兄ぃぃぃ……! 生きて……!」

 すみれが冷静に水を差し出し、
 ひよりが「観察対象、戦闘不能。応急処置必要」と呟く中、
 弘弥の視界の端に、ふと“それ”は見えた。

 机の端に、ひっそりと置かれた、
 透明なタッパー。

(……あれは?)

 中には、薄茶色のもったりとしたぬか床があり、
 そこに埋まるように、
 キュウリ、ニンジン、大根が整然と並んでいた。

 ──地味だった。

 七色パスタのような派手さもなければ、
 カレーのような暴力性もない。

 だが、その素朴な存在感に、なぜか心惹かれた。

「……これ、なに?」

 震える声で尋ねると、すみれが答えた。

「みんなで、ぬか床を育ててたんです。……ほら、食材を無駄にしないようにって。」

「でも、地味すぎるってことで出しそびれてたのよねー」
 ルナが頭を掻きながら笑う。

「素手で毎日かき混ぜました……」
 ミレーヌが恥ずかしそうに言う。

「兄のために……がんばった。」
 紗凪も、ボソッと呟いた。

(……素手、で。)

 その言葉に、弘弥の中で何かが微かに引っかかったが、
 それよりも、今は、このぬか漬けの存在が、無性に愛おしく感じられた。

 弘弥は、震える指で、タッパーの中のキュウリを摘んだ。

 そして──

 カリッ。

 一口、齧った。

 ──瞬間。

「……っ!!」

 目が見開かれる。

(う、うまい……!!)

 シンプルな塩味と、ほんのり広がる酸味。
 キュウリのパリパリとした食感。
 ぬかの深い香りと、野菜本来の甘み。

 そこには、奇をてらったものなど何もなかった。
 ただ、
 ただ、まっすぐに──
「育てられた」味がした。

 汗をかきながら、
 手を汚しながら、
 笑って、喧嘩して、また笑いながら──
 このぬか床は育ったのだ。

 ヒロインたち、それぞれの「手」が、
 そのまま味になっていた。

(これ……すごい……)

 胃の痛みも、頭痛も、すべてを超えて、
 弘弥の胸に、温かいものが広がった。

「……弘弥くん?」
 すみれが不安そうに尋ねた。

「兄……?」

 弘弥は、
 涙ぐみながら、
 震える声で答えた。

「……うまい。」

 ヒロインたちが、目を見開いた。

「え……?」

「……すっごく、うまい。」

 心の底から、出た言葉だった。

 一瞬の沈黙のあと、
 ヒロインたちの顔が、一斉にほころんだ。

「……よかったぁぁぁああ!!」
 ルナが、ぴょんと飛び跳ねる。

「兄……ううっ……!!」
 碧純が、感涙にむせび泣く。

「やっぱり、努力は裏切りませんね……」
 すみれも、そっと微笑む。

「観察対象、感動、確認。」
 ひよりが頷く。

「わ、わたくし……っ! これからも……!」
 ミレーヌが号泣し、

「ふふ……わたくしの手も、役立ちましたわね。」
 エレノアが得意げに頷き、

「……これからも、作る。」
 紗凪が、小さく、しかし力強く言った。

 ◆

 弘弥は、もう一口、
 ぬか漬けを齧った。

 カリッ。

 その音は、
 どこまでも優しく、
 どこまでも温かかった。

 ──青春の味。

 ──生きている証。

 ただの漬物が、
 ただの発酵食品が、
 今、たしかに、
 弘弥の心を震わせていた。

(……これだ。)

 この感動を──
 この奇跡を──

 弘弥は、どうしても、
 形に残したいと思った。

(書こう。……この、奇跡を。)

 ◆

 こうして。

「美少女たちが素手で育てたぬか床」をテーマに、
 弘弥の新たな創作が始まることになる──

 それが、後に世界を揺るがす「青春ぬか床純文学」ブームの、
 はじまりだった。
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