同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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【第五二二話】『ぬか床の真実──素手の温もり』

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 弘弥は、自室の机に向かい、
 タッパーに入ったぬか漬けをじっと見つめていた。

 ──カリッ。

 一口齧るたびに、
 あの優しい酸味と、深い旨みが口の中に広がる。

 目を閉じると、
 夕暮れの台所、
 エプロン姿で笑い合うヒロインたちの姿が浮かんだ。

 ◆

 その日、弘弥はこっそりと図書館に立ち寄った。

「ぬか床 育て方」

 小声で検索し、数冊の本を手に取る。

 ページをめくるたび、
 知らなかった世界が広がっていった。

 ──ぬか床は、生きている。

 ──呼吸し、発酵し、微生物の楽園となる。

 ──だが、もっとも重要なのは、「手」である。

 ぬか床は、素手でかき混ぜることで、
 手の常在菌が移り、
 ぬか床そのものの個性となり、
 深い味わいを育てるのだという。

(手、か……)

 弘弥は、
 ヒロインたちの手を思い浮かべた。

 ルナの、ちょっと荒れ気味だけど元気な手。
 碧純の、家事慣れしている温かい手。
 すみれの、柔らかくしなやかな指先。
 ひよりの、冷たく無機質に見えて、実はとても繊細な手。
 ミレーヌの、少し震えながらも一生懸命動く手。
 エレノアの、優雅な所作が滲む白い手。
 紗凪の、言葉少なに、でも確かに思いを込める小さな手。

(このぬか床は……)

 毎日。
 誰かが素手でかき混ぜた。

 汗をかきながら。
 時には、ちょっと疲れた顔で。
 時には、無邪気に笑いながら。

 指の隙間からこぼれる体温が、
 微かな皮脂が、
 掌の中の常在菌たちが──

 この、ぬか床の中で、
 呼吸している。

(……これは、単なる漬物じゃない。)

 そこに刻まれているのは──

 青春だった。

 彼女たちの、汗と皮脂と、愛情と、努力と、
 それに、たくさんの笑顔と、喧嘩と、涙。

 すべてが溶け合い、
 ぬか床という“命”になっている。

 弘弥の胸が、熱くなる。

(俺は、こんなにも尊いものを……)

 ただの「食べ物」としてしか見ていなかったことに、
 猛烈な後悔すら覚えた。

「──書かなきゃ。」

 無意識に、呟いた。

 この奇跡を。
 この温もりを。

 形にしなければならない。
 永遠に、残さなければならない。

 ◆

 弘弥は、机に向かい、ペンを握った。

 ノートを開き、最初の一文を書き出す。

『少女たちの手が育んだ、ぬか床の話をしよう。』

 ──それは、
 ただのぬか漬けの物語ではない。

 青春の、
 汗と、皮脂と、愛情と、涙と、笑いと、
 すべてを内包した、
 世界でいちばん美しい純文学。

 弘弥の中で、何かが、確かに目を覚ました。

 ◆

 一方その頃。

 リビングでは、
 ヒロインたちがテーブルを囲んで、楽しそうに笑っていた。

「兄、ぬか漬けばっか食べてたけど、大丈夫かなー?」

「うん、兄の顔、なんかすごく……幸せそうだった……」

「……観察対象、感動値、最高記録。」

「弘弥様、きっと、何か閃かれたに違いありませんわ!」

「きっとまた、すごい作品を書いてくれる……!」

 彼女たちは、まだ知らなかった。

 自分たちの“手”が──

 一人の少年の魂を震わせ、
 そして、世界を揺るがす奇跡を生むことになることを。
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