同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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【第五二三話】『閃き──“美少女のぬか床”という概念』

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 夜。
 机の上、ノートの白紙が月明かりに照らされていた。

 弘弥は、じっとそのページを見つめていた。

 手には、さっきから一向に減らない、ぬか漬け。
 カリッと一口齧るたびに、
 あの温かな感覚が、口の中に広がる。

(……なんだろう、この味。)

 美味いとか、まずいとか、
 そんな単純な言葉じゃない。

 温かい。
 懐かしい。
 少し切ない。

 心の底に、静かに火を灯すような──そんな味だった。

 そして、気づく。

(これって──)

 ただの発酵食品じゃない。
 ただの料理じゃない。

 ここには、
 あの子たちの時間が、
 汗が、皮脂が、手のひらの温度が、
 全部、全部、溶け込んでいる。

 喧嘩した日も、
 笑い転げた日も、
 泣きたくなった夜も、
 誰にも見せなかった小さな寂しさも。

 ぜんぶ、ぜんぶ──
 このぬか床に、沈んで、眠って、育っている。

(これ──青春だ。)

 電撃のように、頭の中に閃きが走った。

「これは……青春そのものだ!」

 思わず、声に出していた。

 胸が震えた。
 手が震えた。
 心臓が、熱を持ってドクドクと脈打っていた。

 ──書かなきゃ。

 ──この奇跡を、この愛おしさを、
 ──絶対に形にしなきゃ。

 弘弥は、ペンを握った。

 指先に汗が滲む。
 けれど、止められない。

 ぬか床。
 それは、発酵食品。
 でも──それだけじゃない。

「少女たちが素手でかき混ぜて、育てた生命体。」

「微生物だけじゃない。
 汗、皮脂、涙、笑い声。
 青春そのものが、ここに発酵している。」

「無数の微細な想いが、
 乳酸発酵のごとく熟成し、
 唯一無二の味を生み出す。」

「それは、きっと、
 世界でいちばん美しい発酵だ。」

 弘弥の脳内は、完全に覚醒していた。

(俺は──このぬか床で、青春を書き上げる!!)

 ガリガリとペンを走らせる。
 ノートに、次々と文章が紡がれていく。

 タイトルは、すぐに決まった。

『きみと、ぬか床と、永遠と』

 どこか恥ずかしい。
 でも、これ以上ぴったりくる言葉はない。

 弘弥は書いた。

 少女たちが、
 素手でかき混ぜたぬか床に、
 それぞれの想いを込めていく物語。

 ひとりひとり違う体温。
 ひとりひとり違う常在菌。
 ひとりひとり違う、小さな夢。

 それが、
 混ざり合って、ぶつかって、
 でも腐らず、ただただ育っていく。

 それは、青春そのものだった。

 ◆

 気がつけば、夜は更けていた。

 弘弥は、ペンを置き、深く息をついた。

「……よし。」

 窓の外では、星が瞬いている。

 自分でも分かっていた。

 この作品は──絶対に、届く。

 誰かの胸を、必ず震わせる。

 なぜなら、
 この物語は、紛れもない“本物”だから。

 ──手のひらから生まれた奇跡。

 ──素手で、汗で、皮脂で、愛情で作り上げた青春。

 そのすべてを、
 弘弥は、
 たった一冊の小説に、
 ぎゅっと閉じ込めるのだ。

 ◆

 そして──

 それが、
 この先、世界中を震わせる
「青春ぬか床純文学旋風」の幕開けになるとは、
 このときの弘弥は、まだ知らなかった。
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