同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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【第五二四話】『創作モード突入──汗と青春の融合』

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 カリカリ……カリカリカリッ──

 弘弥の部屋に、ペンを走らせる音だけが響いていた。
 夜が明ける気配もないまま、彼は机にかじりついていた。

「……まだ、足りない。」

 震える指先でノートをめくり、
 また一文、また一文と、ひたすら物語を紡ぎ続ける。

 もはや、まともな思考すらなかった。
 ただ、
 胸の中から噴き上がる熱に突き動かされるままに。

(俺は、書く。)

 少女たちが、
 素手でかき混ぜるぬか床の、あの温度。
 汗と、皮脂と、涙と、笑い声が発酵し、
 世界にたったひとつの味を生む奇跡。

 その尊さを──
 この手で、
 この言葉で、
 永遠に焼き付けるために。

「……書かなきゃ、死ぬ……」

 自嘲気味に呟き、再びペンを走らせた。

 脳が灼けるようだった。
 背中はじっとりと汗ばんでいる。
 けれど、ペンを握る手は止まらなかった。

 弘弥の世界には、
 今、もう──

 ノートと、ペンと、ぬか漬けだけしか存在していなかった。

 ◆

 ページはどんどん埋まっていく。

『きみと、ぬか床と、永遠と。』

 ──タイトルは最初から決まっていた。

 どこかくすぐったくて、
 でも、誰よりもまっすぐで、
 世界中の誰が笑ったとしても、
 自分だけは絶対に誇れるタイトル。

(だって──)

 あのぬか床は、
 彼女たちの汗でできていた。

 傷つきながら、
 悩みながら、
 ぶつかりながら、
 それでも手を伸ばして──

 素手で、まっすぐに、
 愛情を込めてかき混ぜたぬか床。

 それは、どこまでも汚れなくて、
 どこまでも眩しかった。

(あのぬか床には、未来があった。)

 彼女たちが何も知らずに、
 ただ「誰かに食べてもらいたい」って思って、
 必死に混ぜたあの姿。

 それこそが──青春だった。

 誰に認められなくてもいい。
 誰にも評価されなくてもいい。

 でも、俺は知ってる。
 あの温もりは、
 あの汗は、
 あの皮脂は、

 ──世界で一番、尊いものだって。

 弘弥は、ぎゅっとペンを握りしめた。

「……絶対、書ききってみせる。」

 ◆

 夜が明けても、弘弥は書き続けた。

 カーテンの隙間から朝日が差し込み、
 鳥たちがさえずり始める。

 空が白み、
 街が目覚める。

 だが──
 弘弥にとって、そんなものは関係なかった。

 今、この瞬間、
 この物語だけが、
 彼の全世界だった。

 ページは次々と埋まり、
 ノートはどんどん分厚くなっていく。

 登場人物は、
 彼の知る少女たちに、どこか似ていた。

 明るく奔放な子。
 世話好きで意地っ張りな子。
 クールで優しい子。
 天然で観察魔な子。
 異国から来た、夢見る姫君。
 高貴な、けれど誰より人間らしい王女。
 そして──
 黙って隣に寄り添う、無口な幼なじみ。

 彼女たちが、
 笑って、泣いて、悩んで、
 それでも一緒にぬか床をかき混ぜながら、
 少しずつ、成長していく。

 それは、
 奇跡の物語だった。

 ──発酵する青春。

 ──汗と涙と笑顔の結晶。

 ──ぬか床の中に生まれた、ひとつの小さな宇宙。

 弘弥のペンは、止まらない。

 ◆

 最後の一文を書き終えたとき。

 朝日が差し込む部屋で、
 弘弥は、静かに目を閉じた。

「……できた。」

 声はかすれていた。
 指は痺れ、背中はバキバキだった。

 でも、
 胸の中は、不思議なほど澄んでいた。

 弘弥は、ノートを抱きしめた。

(ありがとう──)

 ぬか床をかき混ぜてくれた、みんなへ。
 この物語をくれた、みんなへ。

 そして──

 自分自身へ。

 ◆

 こうして。
 青春純文学『きみと、ぬか床と、永遠と。』は完成した。

 ──この物語が、
 やがて世界を巻き込む大旋風を起こすとは、
 まだ誰も知らない。
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