同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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『選択の文化祭──誰と“その先”へ行くのか』

【第六一四話】 『すれ違いの選択肢──誰かが泣いてしまう前に』

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 文化祭の午後。空は少しだけ夕方の気配をまとい始めていた。

 笑い声と歓声が交差する校内で、ただ一人、弘弥は立ち止まっていた。

 

(誰かと一緒に過ごすだけ──それだけのことなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう)

 

 右手のポケットには、ペア専用チケット。

 星空上映会──ペアで観ることが条件で、文化祭の締めくくりを飾るイベントとして、全校的にも人気の催しだった。

 

「選ばれた子と、手を繋いで席に座るだけですって」

 そんな軽い説明とは裏腹に、今、校内ではその“隣の席”をめぐって、火花が散りまくっていた。

 

 ヒロインたち──彼女たちは、それぞれの方法で想いを伝えてきた。

 だからこそ、弘弥はわかっていた。

「誰かを選ぶ」ことは、
「誰かを選ばない」ことでもあるのだ、と。

 

 胸が、苦しかった。

 

 *

 

 中庭の花壇の前、制服姿のミレーヌが、夕焼け色の光に染まっていた。

 一歩踏み出すその足取りは、いつもより少しだけ重く、言葉は、どこか遠くを見つめていた。

 

「弘弥様」

 

 呼びかけに、弘弥は少し肩を震わせた。

 

「わたくしの国では、恋愛は……選ばれるものでしたの。自分が誰かを“選ぶ”ことは、望むべきことじゃなかった」

 

 ミレーヌは、自嘲気味に笑う。

 

「でも……今は違います。わたくしは、“選ばれたい”だけじゃない。“あなたを選びたい”って、そう思ってしまったんですの」

 

 弘弥は何も言えなかった。ただ、その言葉の重みと優しさに、胸を締めつけられた。

 

(ミレーヌ……)

 

 彼女は異国からやってきて、文化も言葉も違う中で、必死に“青春”を掴もうとしていた。

 そんな彼女の覚悟を、弘弥は知っていた。

 

 そして、彼だけじゃない。

 

 廊下の掲示板の前。ひよりが、薄いノートを見つめていた。

 中には、手書きのグラフと記録。

 

「夢精記録……じゃなくて、弘弥の表情の変化データだよ」

 

 ひよりは、静かにノートを閉じた。

 

「データをとってわかったことがあるんだ。弘弥は、笑ってるときより、“誰かのことを考えてるとき”のほうが、ずっと優しい顔をしてる」

 

「……それが、誰だったかはまだわかんない。でも、私は……」

 

 ひよりは顔を少し赤くして言った。

 

「私は、データじゃなくて、“心”で弘弥を好きになったんだよ」

 

 そして、笑った。

 いつものように無表情ではなく、どこか、揺れている表情で。

 

「だから……最後は、わたしを“感じて”選んで」

 

 弘弥の目が揺れた。

 言葉ではなく、ひよりの“揺れた心”が、確かに届いたから。

 

 *

 

 教室に戻れば、ルナとすみれが言い争っていた。

 

「だからあたしのほうが弘弥と一緒に過ごしてきたってば!」

「時間の長さじゃなくて、心の深さよ。弘弥くんは、私の“本”を読んでくれて、涙を流してくれたのよ?」

 

「うっ……くっそ……それはズルい!」

 

 碧純は碧純で、お弁当箱を両手でぎゅっと握りながら、ずっと弘弥の様子を見つめていた。

 何も言わず、でも、全部を見ているような瞳で。

 

(こんなに近くにいてくれて、どれだけ励まされてきたことか)

 

 弘弥の中で、彼女たちへの想いが波のように揺れ始めていた。

 

 “選ぶことは、誰かを切り捨てることじゃない”

 

 “でも、想いを伝えるってことは──誰かの涙を背負うことになるかもしれない”

 

 それでも──弘弥は、もう逃げられない。

 

 右手の中には、たった一枚のペアチケット。

 その重みが、彼の青春そのものだった。

 

(誰かが泣くのなら……俺が泣いたっていいじゃないか)

 

(でも──今度こそ、俺が、ちゃんと……)

 

 ──答えを出す。

 

 ──続く
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