同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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『選択の文化祭──誰と“その先”へ行くのか』

【第六一七話】 『その手を取ったのは──』

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 静寂が、夜の校庭を包んでいた。

 

 後夜祭の星空上映会はすでに始まっている。校舎の壁に映し出される恋愛映画の映像が、体育館裏にまでほんのりと届いていた。

 だがその喧騒から、弘弥は一人きりで抜け出していた。

 

 グラウンドの端。野球部のベンチと小さな倉庫の間にできた“誰も通らない静寂の空間”。

 そこで彼は立ち尽くし、頭上の星を眺めながら、自分の胸に手を当てていた。

 

 ──心臓が痛いほどに鼓動していた。

 

 右手には、まだ誰にも渡していない【ペアチケット】が一枚。折り目もつけられないまま、ピンとしたままで握られている。

 

「結局……誰か一人を選ぶって、こういうことなんだな……」

 

 文化祭、自由行動、後夜祭、そしてペアチケット。

 それは、青春という名の舞台の“クライマックス”だった。

 誰かを選ぶことは、他の誰かを選ばないということ。

 そして──その誰かは、傷ついてしまうということ。

 

 弘弥の目の前には、これまでずっと支えてくれたヒロインたちの顔が浮かぶ。

 すみれ。
 ルナ。
 碧純。
 ひより。
 ことね。
 ミレーヌ。

 そして、あの子。

 

「……好きだよ、〇〇……」

 あの日の夢精──その寝言の中で、思わず零れてしまった名前。

 自分の無意識が選んでしまった“たったひとつ”の名前。

 

 ──そして、彼女がそこに、いた。

 

「……逃げちゃダメだと思ったから、来た」

 校舎裏の角から、彼女はゆっくりと現れた。制服の裾が風に揺れ、薄明かりにその輪郭が浮かび上がる。

 

「弘弥がここにいるって、なんとなく分かった。……私も、逃げたかったから」

 

 ──その声は、柔らかく、でも確かな決意がこもっていた。

 

 弘弥はゆっくりと、その子のほうに顔を向ける。

「……ごめん。俺、誰かを傷つけたくなかった。でも、そのせいで……」

 

「誰も選ばないのは、逆に一番残酷だよ」

 彼女は、静かにそう言った。

 

「選んで。たとえ私じゃなくても……弘弥が本当に想う人を。ずっと選ばれないままより、そのほうが、いいから」

 

 弘弥は黙っていた。

 でもその沈黙の中で、ようやく心が決まった。

 

 そっと、手を伸ばす。

 

 冷たい風が校庭を抜けていく。

 でも、その手のひらは、あたたかかった。

 

「俺……この名前を呼んでたんだと思う」

 

 目の前の少女が、わずかに目を見開く。

 

「無意識だったかもしれない。無責任かもしれない。でも、それでも……」

 

「君のことを、好きだった」

 

 そして──その手は、取られた。

 

 ゆっくりと、でもしっかりと。彼女は、その手を自分の手で包み込んだ。

 

「……うん。わたし、もう迷わない」

 

 星空の下、ふたりのシルエットが重なる。

 誰もいない校庭で、それでも確かに“ふたりきり”の青春が始まっていた。

 

 ──その頃、上映会会場。

 

 ヒロインたちは、それぞれの場所で弘弥を待っていた。

 誰もが心の奥で、ほんの少しだけ“わかっていた”。

 

「……来ないか。そりゃ、そうだよな」

 ルナが独りごちる。
「わたしも、もう分かってた」とすみれが微笑む。

「いいの。兄が選んだなら、それが……青春だから」

 碧純が、涙をこぼしそうになりながらも、笑顔を作った。

 

「じゃあ次は、“失恋後のデータ”を記録しようかな……」ひよりが自嘲気味にノートを開いた。

 

 ことねは、黙ってスマホの配信を終了させた。

 ミレーヌは、「……でも、まだ負けたと思ってませんの」と笑っていた。

 

 彼女たちは、それぞれの“想い”と“傷”を胸に、青春を終わらせるのではなく──

 

 “次の青春”へ向かって、歩き出そうとしていた。

 

 ──つづく。
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