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第9章『雲は西へ、風は城下へ』
第八十七話『藤吉郎、文をもらう──誰やこの“美少女筆”』
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六月末のある朝。
墨俣城の台所に立っていたねねの手元に、ひとつの巻紙が届けられた。
「殿下宛てに、清洲から文やで」
女中の声にねねが手を止め、首を傾げた。
「誰からやろ……筆致、きれいやなぁ。花の香りまで移ってるやん」
そこへちょうど秀吉が部屋に入ってきた。
「なんや、朝から甘い匂いがするな」
「……あんた宛てや」
ねねはやや不機嫌な顔で巻紙を渡した。
秀吉が開くと、仄かに香が漂う。
筆は流麗。細やかなかな文字で、こう綴られていた。
『木下藤吉郎様へ。
御名、かねてより噂にて存じておりました。
墨俣の政を立て、民を守り、戦場にあっても光を放たれるお姿、遥か京の空の下より敬慕申し上げます。
もし叶うことならば、一目、お会いさせていただきたく存じます。
香月院・瑞姫(ずいひめ)』
秀吉は硬直した。
「……誰や」
ねねの声が冷たい。
「わし、知らん。ほんまに」
「ほんまに!? ほんっまにぃ!?」
「な、なんで巻き舌になるんや……」
そこへ、おしのがすっと入ってきた。
「瑞姫……京の名門、香月院家の次女やったと思います。
才色兼備、文芸にも長け、かの帝にも献詩を賜ったと聞いております」
「おい、なんでおしのがそんなん詳しいんや」
「“美人のライバル調査”は常識です♡」
「おまえ、こわっ!!」
◆ ◆ ◆
その日の昼、広間にてヒロインたちによる“緊急正室対策会議”が勃発していた。
「ねね様、落ち着いてください!」
「落ち着いてるやろ!?」(怒鳴りながら畳をバシバシ)
「おしの、お茶持ってきた」
「毒見は済ませました♡」
「毒見前提やめろ!!」
千鶴は黙って座り、黙々と刀を研いでいた。
「……あの姫、来たら斬る」
「待て待て待て待て!!!」
◆ ◆ ◆
秀吉は廊下の隅に追いやられ、文を再読していた。
「……ほんまに、なんでわしに来るんや……?
わし、ただの田舎者やのに」
だが、筆から伝わる真摯な想いは、確かに“誰かに見られている”ことの証でもあった。
政を整え、民を守り、戦を収めた。
その姿が、どこかの誰かの目に届いた。
「……会うわけやない。会うわけやないんやけど……」
「殿下」
ねねが背後から声をかけた。
「うち、怒ってるんやない。
不安なんや。
どんどん、あんたが“遠く”なってまう気がして」
「……ねね」
「わかってる。あんたは真面目で、優しくて、調子乗るタイプやない。
でも、それが逆にこわいんや」
秀吉は振り向き、ねねの手を取った。
「どこまで行っても、わしの“帰る場所”は、墨俣や。
──ねねの横や」
ねねの目に、ほんのりと涙が浮かんだ。
「……あんた、うまいこと言うようになったなあ」
「成長したやろ?」
「調子乗るな!!」
──だがその頃、京の香月院。
ひとりの姫が静かに筆を置き、月を見上げていた。
「……墨俣の“風”は、どんな香りがするのかしらね」
新たな風は、静かに、恋の戦場を拡げようとしていた──。
墨俣城の台所に立っていたねねの手元に、ひとつの巻紙が届けられた。
「殿下宛てに、清洲から文やで」
女中の声にねねが手を止め、首を傾げた。
「誰からやろ……筆致、きれいやなぁ。花の香りまで移ってるやん」
そこへちょうど秀吉が部屋に入ってきた。
「なんや、朝から甘い匂いがするな」
「……あんた宛てや」
ねねはやや不機嫌な顔で巻紙を渡した。
秀吉が開くと、仄かに香が漂う。
筆は流麗。細やかなかな文字で、こう綴られていた。
『木下藤吉郎様へ。
御名、かねてより噂にて存じておりました。
墨俣の政を立て、民を守り、戦場にあっても光を放たれるお姿、遥か京の空の下より敬慕申し上げます。
もし叶うことならば、一目、お会いさせていただきたく存じます。
香月院・瑞姫(ずいひめ)』
秀吉は硬直した。
「……誰や」
ねねの声が冷たい。
「わし、知らん。ほんまに」
「ほんまに!? ほんっまにぃ!?」
「な、なんで巻き舌になるんや……」
そこへ、おしのがすっと入ってきた。
「瑞姫……京の名門、香月院家の次女やったと思います。
才色兼備、文芸にも長け、かの帝にも献詩を賜ったと聞いております」
「おい、なんでおしのがそんなん詳しいんや」
「“美人のライバル調査”は常識です♡」
「おまえ、こわっ!!」
◆ ◆ ◆
その日の昼、広間にてヒロインたちによる“緊急正室対策会議”が勃発していた。
「ねね様、落ち着いてください!」
「落ち着いてるやろ!?」(怒鳴りながら畳をバシバシ)
「おしの、お茶持ってきた」
「毒見は済ませました♡」
「毒見前提やめろ!!」
千鶴は黙って座り、黙々と刀を研いでいた。
「……あの姫、来たら斬る」
「待て待て待て待て!!!」
◆ ◆ ◆
秀吉は廊下の隅に追いやられ、文を再読していた。
「……ほんまに、なんでわしに来るんや……?
わし、ただの田舎者やのに」
だが、筆から伝わる真摯な想いは、確かに“誰かに見られている”ことの証でもあった。
政を整え、民を守り、戦を収めた。
その姿が、どこかの誰かの目に届いた。
「……会うわけやない。会うわけやないんやけど……」
「殿下」
ねねが背後から声をかけた。
「うち、怒ってるんやない。
不安なんや。
どんどん、あんたが“遠く”なってまう気がして」
「……ねね」
「わかってる。あんたは真面目で、優しくて、調子乗るタイプやない。
でも、それが逆にこわいんや」
秀吉は振り向き、ねねの手を取った。
「どこまで行っても、わしの“帰る場所”は、墨俣や。
──ねねの横や」
ねねの目に、ほんのりと涙が浮かんだ。
「……あんた、うまいこと言うようになったなあ」
「成長したやろ?」
「調子乗るな!!」
──だがその頃、京の香月院。
ひとりの姫が静かに筆を置き、月を見上げていた。
「……墨俣の“風”は、どんな香りがするのかしらね」
新たな風は、静かに、恋の戦場を拡げようとしていた──。
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