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第10章『風は止まず、想い揺れる秋』
第九十一話『秋風、政を試す──新たな任地と、女たちの覚悟』
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九月初旬、秋の風が吹きはじめたある日。
墨俣城に、清洲より一通の急書が届いた。
差出人:織田信長。
内容は、こうだった。
『木下藤吉郎、次なる任地を命ずる。
尾張国・小牧地区における政の整備を担当せよ』
──つまり、秀吉は墨俣を離れ、新たな地で政を振るうことになる。
「……来たか」
信長からの直命。
それは“昇進”であると同時に、“試練”でもあった。
「でも、あの小牧やて……」
秀吉は巻物を畳みながら、眉間に皺を寄せた。
小牧地区。
かつて合戦の火種となり、今なお旧勢力と民との確執が深い場所。
政の腐敗、土地の荒廃、税の滞納──問題が山積している。
「殿下……行くのですか」
ふと、背後から聞こえた声。
ねねだった。
おしのも、お濃も、千鶴も──皆、食堂に集まっていた。
「信長様の命や。
……断れるわけあらへん」
静まり返る部屋。
最初に口を開いたのは、おしのだった。
「墨俣を離れるんですね。
じゃあ、うちの露天風呂も“殿下不在仕様”にしないと」
「そこか!? おまえの基準!!」
「本気です」
おしのの目は冗談ではなかった。
次に、千鶴が立ち上がった。
「行くならば、我らも備えます。
“新たな戦場”が、政であるならば──それに相応しい構えを」
「ちょ、ちょっと待って! みんな“行く前提”になってへん!?」
「行かせませんよ、殿下一人でなんて」
お濃の声は、静かで、しかし強かった。
「墨俣で得た信頼も、民の声も、殿下一人で築いたものではありません。
ねね様の帳簿、おしの様の現場対応、千鶴様の守備。
すべてが、“政”の一部でした」
「そのうえで、私も……殿下の隣にいたいと思っています」
「お、お濃……」
「……あんたなぁ……」ねねが、ため息を吐いた。
「言うたやろ。隠すくらいやったら、最初から全部見せときって」
「わかってます。
でも……隠せへんようになってもうたんです」
◆ ◆ ◆
その夜、ねねとふたり、縁側に座っていた。
「ほんまに……あんた、行くんやな」
「行く。
でも、墨俣も捨てへん。
この城はわしの“はじまりの場所”や」
「……じゃあ、うちも行く」
「え?」
「行く言うたら、うちも行く。
わたし、あんたが泥まみれで走っとるとき、いっちゃん好きなんや」
「……」
「小牧でもどこでも、一緒に泥だらけになったる」
秀吉は、ねねを見つめた。
そして、小さく頷いた。
「頼りにしとる」
その翌日、墨俣城中に布告が出された。
『木下藤吉郎、清洲の命により小牧地区政務に着任す。
しかし墨俣の政も継続する。
新たなる地においても、笑顔と草履の音を忘れず進むべし』
風が吹いた。
秋の風──
その風の先には、また新たな戦場が待っている。
だがその時、秀吉の隣には、確かに彼女たちの姿があった。
墨俣城に、清洲より一通の急書が届いた。
差出人:織田信長。
内容は、こうだった。
『木下藤吉郎、次なる任地を命ずる。
尾張国・小牧地区における政の整備を担当せよ』
──つまり、秀吉は墨俣を離れ、新たな地で政を振るうことになる。
「……来たか」
信長からの直命。
それは“昇進”であると同時に、“試練”でもあった。
「でも、あの小牧やて……」
秀吉は巻物を畳みながら、眉間に皺を寄せた。
小牧地区。
かつて合戦の火種となり、今なお旧勢力と民との確執が深い場所。
政の腐敗、土地の荒廃、税の滞納──問題が山積している。
「殿下……行くのですか」
ふと、背後から聞こえた声。
ねねだった。
おしのも、お濃も、千鶴も──皆、食堂に集まっていた。
「信長様の命や。
……断れるわけあらへん」
静まり返る部屋。
最初に口を開いたのは、おしのだった。
「墨俣を離れるんですね。
じゃあ、うちの露天風呂も“殿下不在仕様”にしないと」
「そこか!? おまえの基準!!」
「本気です」
おしのの目は冗談ではなかった。
次に、千鶴が立ち上がった。
「行くならば、我らも備えます。
“新たな戦場”が、政であるならば──それに相応しい構えを」
「ちょ、ちょっと待って! みんな“行く前提”になってへん!?」
「行かせませんよ、殿下一人でなんて」
お濃の声は、静かで、しかし強かった。
「墨俣で得た信頼も、民の声も、殿下一人で築いたものではありません。
ねね様の帳簿、おしの様の現場対応、千鶴様の守備。
すべてが、“政”の一部でした」
「そのうえで、私も……殿下の隣にいたいと思っています」
「お、お濃……」
「……あんたなぁ……」ねねが、ため息を吐いた。
「言うたやろ。隠すくらいやったら、最初から全部見せときって」
「わかってます。
でも……隠せへんようになってもうたんです」
◆ ◆ ◆
その夜、ねねとふたり、縁側に座っていた。
「ほんまに……あんた、行くんやな」
「行く。
でも、墨俣も捨てへん。
この城はわしの“はじまりの場所”や」
「……じゃあ、うちも行く」
「え?」
「行く言うたら、うちも行く。
わたし、あんたが泥まみれで走っとるとき、いっちゃん好きなんや」
「……」
「小牧でもどこでも、一緒に泥だらけになったる」
秀吉は、ねねを見つめた。
そして、小さく頷いた。
「頼りにしとる」
その翌日、墨俣城中に布告が出された。
『木下藤吉郎、清洲の命により小牧地区政務に着任す。
しかし墨俣の政も継続する。
新たなる地においても、笑顔と草履の音を忘れず進むべし』
風が吹いた。
秋の風──
その風の先には、また新たな戦場が待っている。
だがその時、秀吉の隣には、確かに彼女たちの姿があった。
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