『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第96話『ここな、“仮面”を外したその先で』

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 夕暮れの風が、校舎裏の植え込みを優しく揺らしていた。

 放課後のざわめきも遠のき、運動部の掛け声も聞こえない。
 まるで、ここだけ世界から切り離されたような、静かな時間だった。

 利家は、呼び出されたその場所で待っていた。
 教室を出るとき、ここなは言った。

「放課後、校舎裏で。……話があるの」

 ──少しだけ、震える声だった。

 ふだんの、笑顔とテンションの裏にある、本当の“何か”を感じていた。

 やがて──

「……待たせた?」

 ここなが現れた。

 制服の裾を少しだけ握って、眉を少しだけ寄せて。

「ううん。ちょうど来たとこ」

 そう言って、利家は笑った。
 ここなは、小さく「ふふっ」と笑い返した。
 けれどその笑みは、どこか決意を帯びていた。

 ──星乃こころ。
 利家が長いこと“推して”いたVTuber。
 その正体が、クラスメイトの“ここな”だった。

 ずっと秘密だったこと。
 けれど、ここなはもう、その“仮面”を外す決意をした。

「ねえ、利家くん……昨日の配信、見てた?」

「……ああ。全部」

 言葉に詰まる。
 あの配信──VTuber星乃こころが活動“休止”を宣言した、生配信。

「わたし、少しだけ、VTuberをおやすみします。
 理由は……今、現実の自分として、恋がしたいから」

 それは、ファンにとっても、ここな自身にとっても──覚悟の言葉だった。

「……嘘じゃないんだよ」

 ここなが口を開いた。

「台本とか、演出とか、そういうのじゃない。
 あたし、ほんとに……バーチャルじゃない“今の自分”で、恋がしたいの」

 俯いたまま、言葉を選ぶように、ここなは続けた。

「VTuberってね、“理想の自分”でいられるの。
 可愛くて、元気で、明るくて。……でも、現実のあたしは──
 人見知りで、怖がりで、失敗もたくさんして、ほんとはずっと……怖かった」

「……」

「でもね、利家くんと関わるようになって、変わったの。
 素の自分のままでいられる時間が、だんだん増えてきて──
 その時間が、“画面の向こうよりあったかい”って、思っちゃったんだよね」

 ぽろっと、涙が零れた。

「うそ……バカみたい。こんなところで泣くつもりじゃなかったのに」

「……バカじゃないよ」

 利家の声が、静かに重なった。

 ここなは顔を上げた。
 赤くなった目で、まっすぐ利家を見た。

「利家くん。
 あたし、“星乃こころ”じゃなくて、“ここな”として、
 あなたに好きって言いたかった」

「……」

「バーチャルのあたしを好きになってもらうんじゃなくて、
 素顔の、等身大の、こんなダメダメなあたしのこと──
 それでも、好きって言ってもらえたらって、ずっと、思ってた」

 沈黙。
 けれど、それは“拒絶の間”じゃない。

 ──利家の胸の奥に、彼女の言葉がゆっくり、しみ込んでいく。

「だから……言わせて」

 ここなは、制服の胸元をぎゅっと握りしめた。

 そして──

「利家くんが、好きです」

 それは、星乃こころではない。
 ファンサービスでもない。
 演技でもない。

 ひとりの少女・ここなが、自分の心から絞り出した、たったひとつの想い。

 沈黙が流れる。
 けれど、それは美しい“余韻”だった。

 利家は、ゆっくりと目を閉じた。
 あの日の配信、あの日のコメント、そして目の前のここなの涙──

 全部が重なって、胸の奥で音を立てていた。

「……ごめん。すぐに返事、できない」

「うん。わかってる」

「でも、ありがとう。
 その言葉を、“星乃こころ”じゃなくて、“ここな”が言ってくれたこと……
 すげぇ、嬉しかった」

 ここなの表情が、少しだけ緩んだ。

「そっか……よかった」

「俺も……ちゃんと、考えるよ。
 誰か一人を選ぶってことは、誰かの想いに応えられないってことだ。
 だから、もう少しだけ、待ってくれる?」

「もちろん」

 風が、ふたりの間を通り抜ける。

「……ねえ、利家くん」

「ん?」

「いつかまた、“仮面”じゃなくて、“笑顔”で会おうね」

 その言葉に、利家も頷いた。

「──うん。約束」

 ──“仮面”の向こう側にいた少女は、いま、たしかにそこにいた。
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