『下血により死んだライトノベル作家・常陸之介寛浩は転生するとフンコロガシになっていた件』》

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第1章『うんちと再誕』

第1話『下血したら、虫だった』

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 ──ぐるる、と、地面が鳴った。

「……腹……いや、腹じゃない……なんだ、これ、俺……?」

 ぬかるんだ泥の中、誰かの意識が浮上する。
 いや、“誰か”などという他人行儀なものではない。
 これは──寛浩自身のものだった。

 ただし、彼の思考は奇妙だった。
 まず第一に、喋れない。
 次に、腕がない。
 その次に、脚がやたらと多い。

「な、なにこれ!?俺、何になってんの!?」

 彼は叫ぼうとしたが、口から出たのは「グゴゴ……」という甲高い擦過音。
 喉がない。代わりに、硬い殻がある。
 耳もない。だが、周囲の震えを感じ取る“共鳴感覚”があった。

 世界は、丸くて、ぬるかった。

 視界はぼんやりとしていて、だが匂いだけは異様に鮮明だった。
 発酵臭、腐葉土、動物性有機物の甘さ。

 そして目の前には──まるい、何かがあった。

「なんだ、これ……?」

 光を反射して輝いている。
 金色にも見える。
 が、その表面には微細な繊維質。草。土。種子の破片。繊維質。

 そう、それは──

 うんちだった。

 とてつもなく、神々しい。
 完璧な球体。
 バランス。重量感。粘度。熱。香り。すべてが“生きていた”。

 その瞬間、彼の中で、ひとつの言葉が“本能”として浮かんだ。

 ──これは、**聖糞(せいふん)**だ。

 理解も、意味も、背景もわからない。
 だが確かに、それは“命”だった。

 彼は気づいた。
 自分が、虫になっている。
 正確には、フンコロガシ。
 世界では神聖視される虫。神の便意を運ぶ者。命を繋ぐ者。

「いやいやいや待て待て待て。なに? 転生? マジ? 異世界? 虫……!?」

 人間だった記憶が、徐々に戻ってくる。
 ノートパソコン。ラーメン。深夜。編集からの電話。トイレ……そして──
 下血。

「……あれ、ほんとに死んでたのか、俺……」

 彼は、その事実を認めざるを得なかった。
 人間としての寛浩は死んだ。
 だが、命は続いていた。
 別の形で。

 それが、“フンコロガシとしての再誕”。

「……うわ……脚が、六本ある……ていうか、お尻の先に毛が生えてる……うわあ、うわああ……」

 動揺のあまり、尻毛を振ってしまった。
 すると、周囲の地面が軽く震えた。

「なんかすごいセンシティブな虫感があるんだけど!?」

 しかも、口もないのに思考が言語化されている。
 内なる声。自問自答。そして何より──

 嗅覚が、異常に鋭い。

「うんちの……香りが、わかる……!?」

 彼は、その“球”に近づいた。
 ちゅるり、と前脚が湿った土に沈む。
 感覚が奇妙だった。
 脳がどこにあるかもわからない。体全体がアンテナのようで、触れたものの“温度”や“湿度”、はては“気配”すら伝わってくる。

 球の香りは、まるで懐かしいミルクの匂いのようだった。

「このうんち……生きてる……」

 その瞬間、彼の脳裏に、再び声が響いた。

 《聖糞よ、目覚めをもって、転がされるべし──》

 えっ、なんか聞こえた。
 誰だ。神か。うんちか。俺の脳内か。

 《転がせ。フンを。命を。世界を。》

「……転がすのか、俺が……この……うんちを……?」

 一歩、踏み出した。

 ぐるりと、フンがゆっくり回転する。

 体が、勝手に動いていた。

 まるで、ペンを持つ手のように。

 転がし始めたフンは、驚くほどなめらかだった。
 土との摩擦を絶妙に受け流し、適度な粘着と重さで、自然と転がるように出来ていた。
 否。そう作られていたのだ。

 彼の体も、フンを転がすために進化していた。
 脚の角度。力の入り方。滑らかな曲線を描く尻の動き。
 すべてが、“命の球”を転がすためにある。

「……俺、転がしてる……フンを……!」

 そして気づく。

 楽しい。

「……俺、いま、楽しいって思った……!?」

 涙が出そうになった。
 だけど、虫に涙腺はなかった。

 人間だったとき、どれだけ泣きたくても泣けなかった。
 書けないとき、編集に罵られたとき、病院に行く時間もなかったとき。
 そんな時ですら、涙なんて出なかったのに。

 今、うんちを転がしているこの瞬間。
 自分の中に、言葉にならない“温かさ”があった。

「……これが、生きるってことか……?」

 ふと、木漏れ日のような光が降ってきた。
 空を見上げる。
 無数の虫たちが、空を舞っていた。
 黄金色の葉。苔むした木々。巨大な花。にじむような雲。
 人間の世界では見たことのない、優しい、豊かな、命の世界だった。

「ここが……俺の世界なのか……」

 うんちが、ゆっくり転がる。
 まるで時間が進むように。

 彼は、何も持っていなかった。
 ペンも、原稿も、Wi-Fiも、ランキングも、スマホも、推しも、アニメも──
 でも、命があった。

 それだけで、十分だった。

「よし、もうちょっと転がしてみるか──俺の……新しい物語を」

 こうして、虫としての人生が始まった。

 転がすものは、うんち。
 運ぶものは、命。
 綴るものは、物語。

 世界は、今日も──回っている。

 黄金色に輝く、うんちと共に。

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