『下血により死んだライトノベル作家・常陸之介寛浩は転生するとフンコロガシになっていた件』》

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第1章『うんちと再誕』

第8話『僕の前世はラノベ作家だった』

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 それは、一陣の風と共に訪れた。

「──あんたって、ホントに“ヒロヒロ”って名前だったの?」

 ころりんが、フン訓練の休憩中、ふと聞いてきた。

「うん、本名はもう忘れたけど……“常陸之介寛浩”ってペンネームだった。人間だったころの」

「へぇぇ……なんか、強そうな名前」

「“ラノベ作家”としては……ね。ちょっと古風な名前で売り出したかったんだ。
 最初に当たったのが『異世界でハーレム築いたら寿命が減った件』ってやつで──」

「タイトルすごすぎない!?」

「いや、ほんと……あのときの編集、“ヤバい名前じゃないと売れない”って叫んでてさ……」

 苦笑しながらも、ヒロヒロの表情はどこか懐かしげだった。
 土の上で寝転びながら、空を見上げてぽつりぽつりと語る。
 人間だったころ。
 そして、作家として生きていたころ。

「物語を書くって、ずっと怖かったんだ。
 “これでいいのか?”“誰かを傷つけないか?”“本当に面白いのか?”──
 自分の頭の中を、誰かに見せるのって、けっこうエグいよね」

「うんち見せるのと、似てる?」

「……めっちゃ似てる」

 ヒロヒロは笑った。
 ころりんも、笑った。

「しかも俺、売れちゃったんだよね。
 ちょっとずつ、数字が出て、ランキングに入って、SNSで感想が回ってきて……
 最初は嬉しかったけど、だんだん“どうやって書いたか”より“どれだけ売れたか”が気になってきてさ。
 気づいたら、“物語を書く”より、“数字を出す”ことばっかり考えてた」

 静かな風が吹いた。
 森の葉が、さわさわと震える。

「いつの間にか、“誰かの心を救いたい”とか、“命の続きを描きたい”とか、そういうこと……全部忘れてた」

「それで、下血したの?」

「……あぁ。トイレの中で倒れて……そのまま、気がついたらここだった」

 ヒロヒロは、足元の小さなフン球を見つめた。
 その中に、彼は自分の“かつての文章”を感じた。
 稚拙だけど、誠実だった頃の物語。
 小さな感情を大切に描いていた、初期の自分。

「でも、こっちに来て、ようやく思い出したんだよ。
 書くって、本当は、**“誰かを受け止めること”**だったって」

「……“転がす”のと、同じ?」

「うん。“想い”を転がす。“誰かのフン”を、丁寧に受け止めて、運んで、形にして──
 それが“書く”ってことだった気がする」

 ころりんが、そっと寄り添ってきた。

「ねぇ、ヒロヒロ。“転がし作家”になれば?」

「……なにそれ」

「この世界で、フンを読んで、そこにあった命や記憶を“物語”にしてくれる虫。
 昔はそういう虫もいたんだって。“記憶書き”って呼ばれてたらしいよ」

「……いいな、それ。俺、それになるわ」

「じゃあさ──」

 ころりんが、小さなフン球をひとつ、ヒロヒロの脚元にそっと置いた。

「これ、あたしの。……ちょっとだけ、読んでみて?」

「……えっ」

「さっき、訓練中に出したやつ……ごめん、変なお願いって思うかもだけど、
 でも、あたし──ヒロヒロなら、読んでくれるって、思ったから」

 ヒロヒロは、迷わず脚を添えた。
 ふんわりと、草の匂い。
 わずかな花粉。
 朝露の苦み。
 そして……ほんの少し、涙の味。

 ──
 小さなころ、姉虫が死んだ。
 目の前で、捕食者にさらわれた。
 自分だけが逃げて、助かった。
 罪悪感。
 恐怖。
 でも……
 姉虫が、最後に言った言葉。

「ころりん、笑って生きてね──」

 

 ヒロヒロの目から、こぼれたのは、涙だった。

 虫に涙腺はない。
 でも、彼は間違いなく、泣いていた。

「……ありがとう、ころりん。
 ……すごく、綺麗な物語だったよ」

 ころりんは、驚いたような顔をして、それから、そっと微笑んだ。

 その夜。
 ヒロヒロは、自分のフン球の表面に、前脚で“文字”を刻み始めた。

 虫たちは読めないかもしれない。
 でも、書きたかった。

 “この命を、物語にして残したい”

 “この世界の誰かのことを、受け止めて、描いて、届けたい”

「俺……虫でも、ラノベ作家やってけるかもな……」

 土の匂いの中で、フンが静かに転がる。
 物語は、文字としてではなく──球として綴られていく。

 誰かの命を受け取って。
 誰かに命を渡すように。

 

 ──僕の前世はラノベ作家だった。
 でも今は、うんちを転がして物語を紡ぐ虫だ。

 

 それは、ちょっとだけ誇らしい再出発だった。
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