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第1章『うんちと再誕』
第7話『トイレ神殿の洗礼』
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その日は、空気が少し、重たかった。
空に浮かぶ雲が、いつもより低く、太陽の光がまるでフィルターを通したようにぼんやりしていた。
「今日は、“特別な場所”に連れてってあげる」
そう言ったのは、ころりんだった。
昨日の転がし訓練を終えたばかりのヒロヒロに、ぽそっと囁いたのだ。
「特別な場所?」
「うん。“トイレ神殿”。あたしも一度しか入ったことないんだけどね。
そこに行けば、きっと“あんたのこと”がわかると思う」
「……俺の、こと?」
ころりんは笑わなかった。
普段ならくしゃっと笑って軽口を叩く彼女が、その時だけは、どこか“祈るような顔”をしていた。
◆
トイレ神殿──正式名称《大洗殿(だいせんでん)》。
聖糞村の南端、森を抜けた奥にひっそりと存在する“遺跡”だった。
巨大な便器の形をした石造。
入口は、便座の裏側から地中へと続いていた。
湿気を帯びた空気と、土と苔と、かすかなアンモニア臭。
けれど、ヒロヒロにはなぜか懐かしく感じた。
「ここは、虫たちが“命の還る場所”って呼んでるとこなの。
でも本当は──“神がうんちをした場所”なんだって」
「神が……うんち?」
「うん。すべての命は、“神の便意”から始まったっていう伝説があるの。
この世界の“始まり”は、“神が排泄したフン”だったって」
「……なんか、笑っちゃいけないけど……でも、すげぇスケールだな……」
ころりんは微笑んだ。
「昔、神様は“命を作るためにうんちをした”って言われてる。
その一発のうんちが“ビッグ・ボム”って呼ばれてて──世界の中心に今も眠ってるらしいよ」
「完全に宇宙誕生説じゃん……ビッグ・バンならぬ、ビッグ・ボム……」
だが、神話はさらに続く。
「でもね、ある時──神は、“排泄を恥じる者”たちに怒ったの。
自分のフンを“汚い”って言った者たちを、“命を理解しない存在”として分離させたんだって」
「……それって、もしかして……人間?」
「かもしれないね。
だから私たち虫たちは、“フンを神聖なもの”として受け入れ続けてる。
だってそれが、命の流れだから」
ヒロヒロは、立ち止まった。
目の前に、“一際大きな石板”があった。
そこには虫の文字でこう記されていた。
【此処に神ありき。
便座の熱にて誕生し、
黄金の玉を転がし、
やがて我らとなる。】
「……“神も転がしてた”のか……」
ころりんが、後ろから小さく囁いた。
「うん。“神は最初の転がし手”。それが、フン界の真理」
その瞬間だった。
ズゥゥン……!
地面が微かに振動した。
「……なに、今の……?」
「……“祈りに、応じた”んだよ」
奥へと進む。
最深部には、“黄金の便器”が安置されていた。
そしてその中心──便器の底に、ひとつだけ転がる球体。
それは、
光っていた。
うんちが。
黄金のうんちが。
まるで、心臓のように脈打ちながら、静かに、そこにあった。
「……これが、“神の一玉”」
ころりんがつぶやく。
「神様が、最初に転がした“命の原型”。
触れると、その人に“答え”が返ってくるって言われてる」
「……“答え”?」
「うん。あんたが“なぜここにいるのか”。
“なぜフンを転がす運命なのか”。
あたしには、それがわからない。でも、あんたには必要でしょ?」
ヒロヒロは、近づいた。
不思議と、怖くなかった。
脚を伸ばし、静かにその黄金の球に触れた瞬間──
──視界が、反転した。
暗闇。
土の匂い。
誰かの鼓動。
体温。
人の声。
ざわめき。
便意。
排泄。
──感情。
そして──
「“うんちなんて、汚いだけじゃないよ。だって、わたしの命が、ここにあるんだもん”」
少女の声だった。
どこかで、聞いた気がした。
まだ人間だったころ──
きっと自分が、どこかで読んだか、書いたかした“物語の中の言葉”。
目が覚めたとき、
ヒロヒロの頬(らしき部分)は、わずかに濡れていた。
◆
「……ヒロヒロ、大丈夫?」
ころりんが、心配そうにのぞき込んでいる。
「……うん。
ちょっとだけ……“思い出した”気がする。
俺が、“何を描きたかったか”を」
「描きたかった?」
「……誰かの“命の続きを”──書きたかったんだ、ずっと。
ラノベって、そういうもんだったと思うんだよ。
ハーレムでも、異世界でも、バトルでも、
誰かの“もう少し生きたかった”って気持ちを、続きを、書いてあげるのが俺の仕事だった。
それを、今……転がしてる気がする」
ころりんは、何も言わなかった。
ただ、そっと隣に座った。
「ここが、“始まりの便器”なんだね」
「うん。そして、たぶん──俺の“物語の再出発点”でもある」
世界は、小さなうんちの球から始まった。
だとすれば──それを転がすことは、世界を繋げること。
命を回すこと。
ヒロヒロは、黄金のフンに向かって、そっと脚を添えた。
その一瞬、たしかに球が──転がった気がした。
──神は、笑っていた。
自分のうんちが、また誰かの未来を運んでいくことを。
空に浮かぶ雲が、いつもより低く、太陽の光がまるでフィルターを通したようにぼんやりしていた。
「今日は、“特別な場所”に連れてってあげる」
そう言ったのは、ころりんだった。
昨日の転がし訓練を終えたばかりのヒロヒロに、ぽそっと囁いたのだ。
「特別な場所?」
「うん。“トイレ神殿”。あたしも一度しか入ったことないんだけどね。
そこに行けば、きっと“あんたのこと”がわかると思う」
「……俺の、こと?」
ころりんは笑わなかった。
普段ならくしゃっと笑って軽口を叩く彼女が、その時だけは、どこか“祈るような顔”をしていた。
◆
トイレ神殿──正式名称《大洗殿(だいせんでん)》。
聖糞村の南端、森を抜けた奥にひっそりと存在する“遺跡”だった。
巨大な便器の形をした石造。
入口は、便座の裏側から地中へと続いていた。
湿気を帯びた空気と、土と苔と、かすかなアンモニア臭。
けれど、ヒロヒロにはなぜか懐かしく感じた。
「ここは、虫たちが“命の還る場所”って呼んでるとこなの。
でも本当は──“神がうんちをした場所”なんだって」
「神が……うんち?」
「うん。すべての命は、“神の便意”から始まったっていう伝説があるの。
この世界の“始まり”は、“神が排泄したフン”だったって」
「……なんか、笑っちゃいけないけど……でも、すげぇスケールだな……」
ころりんは微笑んだ。
「昔、神様は“命を作るためにうんちをした”って言われてる。
その一発のうんちが“ビッグ・ボム”って呼ばれてて──世界の中心に今も眠ってるらしいよ」
「完全に宇宙誕生説じゃん……ビッグ・バンならぬ、ビッグ・ボム……」
だが、神話はさらに続く。
「でもね、ある時──神は、“排泄を恥じる者”たちに怒ったの。
自分のフンを“汚い”って言った者たちを、“命を理解しない存在”として分離させたんだって」
「……それって、もしかして……人間?」
「かもしれないね。
だから私たち虫たちは、“フンを神聖なもの”として受け入れ続けてる。
だってそれが、命の流れだから」
ヒロヒロは、立ち止まった。
目の前に、“一際大きな石板”があった。
そこには虫の文字でこう記されていた。
【此処に神ありき。
便座の熱にて誕生し、
黄金の玉を転がし、
やがて我らとなる。】
「……“神も転がしてた”のか……」
ころりんが、後ろから小さく囁いた。
「うん。“神は最初の転がし手”。それが、フン界の真理」
その瞬間だった。
ズゥゥン……!
地面が微かに振動した。
「……なに、今の……?」
「……“祈りに、応じた”んだよ」
奥へと進む。
最深部には、“黄金の便器”が安置されていた。
そしてその中心──便器の底に、ひとつだけ転がる球体。
それは、
光っていた。
うんちが。
黄金のうんちが。
まるで、心臓のように脈打ちながら、静かに、そこにあった。
「……これが、“神の一玉”」
ころりんがつぶやく。
「神様が、最初に転がした“命の原型”。
触れると、その人に“答え”が返ってくるって言われてる」
「……“答え”?」
「うん。あんたが“なぜここにいるのか”。
“なぜフンを転がす運命なのか”。
あたしには、それがわからない。でも、あんたには必要でしょ?」
ヒロヒロは、近づいた。
不思議と、怖くなかった。
脚を伸ばし、静かにその黄金の球に触れた瞬間──
──視界が、反転した。
暗闇。
土の匂い。
誰かの鼓動。
体温。
人の声。
ざわめき。
便意。
排泄。
──感情。
そして──
「“うんちなんて、汚いだけじゃないよ。だって、わたしの命が、ここにあるんだもん”」
少女の声だった。
どこかで、聞いた気がした。
まだ人間だったころ──
きっと自分が、どこかで読んだか、書いたかした“物語の中の言葉”。
目が覚めたとき、
ヒロヒロの頬(らしき部分)は、わずかに濡れていた。
◆
「……ヒロヒロ、大丈夫?」
ころりんが、心配そうにのぞき込んでいる。
「……うん。
ちょっとだけ……“思い出した”気がする。
俺が、“何を描きたかったか”を」
「描きたかった?」
「……誰かの“命の続きを”──書きたかったんだ、ずっと。
ラノベって、そういうもんだったと思うんだよ。
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誰かの“もう少し生きたかった”って気持ちを、続きを、書いてあげるのが俺の仕事だった。
それを、今……転がしてる気がする」
ころりんは、何も言わなかった。
ただ、そっと隣に座った。
「ここが、“始まりの便器”なんだね」
「うん。そして、たぶん──俺の“物語の再出発点”でもある」
世界は、小さなうんちの球から始まった。
だとすれば──それを転がすことは、世界を繋げること。
命を回すこと。
ヒロヒロは、黄金のフンに向かって、そっと脚を添えた。
その一瞬、たしかに球が──転がった気がした。
──神は、笑っていた。
自分のうんちが、また誰かの未来を運んでいくことを。
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