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第八章《声優が、教室にいる日》編

第86話 『私、声だけじゃなく“全部”を好きになりたい』

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 ──夜。俺の部屋。

 窓の外では春の風が吹いていたけれど、部屋の中は異様なほど静かだった。
 スマホ画面の通知欄が、たったひとつのメッセージを表示している。

 

 姫崎るりあ【非公開チャット】
「……“こうきくんの物語”って、今どこまで進んでるの?」
「私は、まだ“ヒロイン候補”でいられる……かな?」

 

 あのとき、俺は答えられなかった。

 でも、返事をしないままでいられるほど、
 この物語は優しくない。

 

 

 ***

 

 翌日、下校時刻直後。
 屋上に呼び出された俺。

 

 西日が差し込むなか、そこにいたのは──

 姫崎るりあ、ひとりだった。

 

 制服姿のまま、風に髪をなびかせて立っていた彼女は、
 一歩、俺の方に近づいてきた。

 

「……ねえ、久慈川くん。今日は、ちゃんと話したくて」

 

 どこか、声優としての“演技”とは違う、
 素の彼女の声だった。

 

 

 ***

 

「最初は、“仕事”だったの。演じることも、演じる相手も」

 

「でも……あなたの原作を読んで。
 声に出して、演じて、キャラクターになりきって、思ったの」

 

「“このキャラ”だけじゃなくて、“この作者”を好きになりたいって」

 

 俺は思わず、息を飲んだ。

 

「……久慈川くん。“こうきくん”」

 

「私はね、“声だけ”じゃなくて、“全部”で、あなたを好きになりたいの」

 

「名前も、癖も、情けなさも、誰にも見せない弱さも。
 ぜんぶ知って、それでも一緒にいたいって、思ってしまったの」

 

 夕陽が、彼女の横顔を橙に染める。

 あれほど“演じること”に命を懸けていた少女が、
 今は“演じないまま”、俺に告白していた。

 

「……本気で、好きになっても……いいですか?」

 

 

 ***

 

 その問いに、俺は──

 言葉を失った。

 

(好き……)

(作品のヒロインじゃない、現実の彼女に──)

 

 だけど。

 そのタイミングで、屋上のドアが開いた。

 

「……やっぱり、ここだったか」

 

 

 ***

 

 歩美が現れる。

 その後ろから、舞香、玲奈、そして幸香まで。

 

 俺「え、なんで!? みんななんでここに──」

 

 歩美「全員、アラート入れてんの。“こうきが屋上に呼び出されたら集結”って」

 

 舞香「GPS監視は当然ですわ♥」
 玲奈「あなたが“曇る瞬間”は、見逃せません」
 幸香「兄が“本気の恋”をしたら……わたし、“リセットボタン”押すからね♥」

 

 るりあが、静かに構えた。

 

「……いいですよ。やりましょう、“決着”」

 

「このまま“ヒロイン未定ルート”で終わるなら、
 ここで、“公式ヒロイン争奪会議”を開くべきです」

 

 ヒロイン全員、目がギラついていた。

 

 ──こうして。

 

 ついに、あの言葉が口を突いて出た。

 

「公式ヒロイン争奪会議、開催する!!」

 

 

 ***

 

【会議内容(予定)】

 ・第1項:作者の好物把握度対決
 ・第2項:添い寝時の安心度スコア提出
 ・第3項:嫉妬時の可愛さ&手加減のなさ
 ・第4項:SNSでの炎上耐性&鎮火スキル
 ・第5項:シナリオ貢献度ランキング(実績証明必須)

 

「……誰が、俺をゲームのシナリオ攻略対象にした!!」

 

「兄はね、“乙女ゲー主人公”だから♥」
「いや、むしろ“ハーレムルート限定隠しボス”」
「声を奪って、心を奪って、次は何を奪うつもりなんだ……」
「次回、“唇”よ」

 

 ──地獄は、すぐそこだった。
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