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第二章 光となる人
第13話 甘い毒
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お風呂上がり、リビングに戻ると、柊真さんはダイニングデスクで仕事をしていた。
彼は経歴書の通りフリーのエンジニアで、うちの会社とは週3の業務委託契約をしている。
それ以外の日は、別の案件をいくつも掛け持ちしていて、こうして家でも仕事をしていることが多かった。
ノートパソコンの光に照らされた横顔は、仕事中と同様に集中していて、近寄りがたい。
私は濡れた髪をざっくりまとめたまま、邪魔をしないようソファに腰を下ろす。
スマートフォンを手に取って、特に意味もなく適当にSNSを眺めていた。
_/_/_/_/_/_/
「茉莉。髪濡れたままだと風邪ひくよ」
気付いたら彼がソファの後ろに立っていた。
「すみません!すぐ乾かします!」
だらしなく過ごしていた自分が急に恥ずかしくなって、慌てて言い訳をすると、柊真さんは柔らかく目元を細めた。
そのまま立ち上がり、クローゼットからタオルを取って戻ってくる。
「ほら」
「えっ、あ、自分で――」
言い終わる前に、ふわりとタオルが頭にかけられた。
大きな手が、タオル越しに髪を包み込む。
ぽん、ぽん、と優しく押さえるような動きがむずがゆい。
「ちょ、柊真さん……っ」
身を引こうとすると、彼は私の隣に腰を下ろして、さらに距離を縮めた。
「じっとしてな」
低くて穏やかな声が、耳元で響いた。
心臓が跳ねて、息をするのを忘れそうになる。
ーー「柊真さん好きです」
京介を忘れるための最低な嘘をついてから、彼は私に甘くなった。
元々優しくて親切だったけれど、それはもう愛されていると錯覚してしまうほどに。
京介のことを思い出させないように。
私が前を向けるように。
彼にそれ以上の他意はないと、私自身分かっているけれど。
それでも、その甘すぎる優しさは居心地がよく、私は少しずつ、抵抗なく彼に甘えるようになっていた。
撫でるみたいに丁寧に、心地よい強さで髪に触れるタオルが幸せで、私はそのまま目を閉じた。
しばらくしてその手が止まる。
「……?」
目を開けると、真剣な顔をした藤堂さんと目が合った。
驚いて固まっているうちに、タオルの隙間から、指先が伸びて、私の頬にかかっていた前髪を払う。
「糸くず、ついてた」
すぐに離れた彼の指先には小さな糸くずが付いていた。
顔が一気に熱を持つのを感じる。
視線をそらそうとしても、すぐ目の前に彼の顔があって、どこを見ればいいのかわからない。
そんな私の様子に気づいたのか、藤堂さんの指が一瞬止まり、ふっと低く笑う音がした。
「そんな顔されると、なんか、悪いことしてるみたいだな」
「っ……!!」
――悪いことしてるのはどっちですか!
私が言葉を失っているうちに、柊真さんはタオルをとって、直接髪に優しく触れた。
「はい、だいたい乾いた。ドライヤーしておいで」
さっきまでの距離が嘘みたいに、すっと離れる彼。
「ほら、ぼーっとしてないで」
「は、はい!」
その声に慌てて立ち上がり、洗面所へ逃げ込んだ。
鏡に映った自分の顔は、驚くほど赤かった。
――ただの優しさ、こんなにドキドキしなくていいよ。
そう言い聞かせるのに、胸の音がうるさくて、落ち着かせるのに精一杯だった。
_/_/_/_/_/_/
ドライヤーを終えてリビングに戻ると、柊真さんはソファに私を招き入れた。
夜は嫌いだ。
ひとりでいると、京介との思い出が蘇るから。
それを分かっているかのように、柊真さんは私を甘く抱きしめてくれていた。
彼の腕に包まれて、彼の指先で手遊びをしながらぼーっとテレビを見る。
その間に眠たくなって寝てしまえるように。
そのとき、柊真さんのスマートフォンが振動した。
画面を見た彼の顔に、私は彼の手をすっと離す。
「……電話出てくるね」
柔らかく頭に触れて部屋を出ていく背中を見送った。
「どうしたの?」
何度か聞いた柔らかな応答は、決して仕事のものではない。
ここに来てから、何度か見てきた光景。
初めは、彼の人間関係の一部として認識していたその事実が、今、ほんの少しだけ胸を苦しめていることに気付く。
「分かってたじゃん」
――特別じゃないって、こういうことだ。
私だって、京介を忘れるために彼を利用してる。
寂しいなんて思う権利ないんだ。
私は、彼が用意してくれた自室のベッドに潜り込み、身体を丸めた。
ひとりの夜が辛くて、涙が止まらなくて眠れない。
けれど、こういう日に慣れていかなきゃいけないのも分かっている。
柊真さんの居心地の良さに、溺れすぎないように。
_/_/_/_/_/_/
第13話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!
次回もぜひよろしくお願いいたします。
彼は経歴書の通りフリーのエンジニアで、うちの会社とは週3の業務委託契約をしている。
それ以外の日は、別の案件をいくつも掛け持ちしていて、こうして家でも仕事をしていることが多かった。
ノートパソコンの光に照らされた横顔は、仕事中と同様に集中していて、近寄りがたい。
私は濡れた髪をざっくりまとめたまま、邪魔をしないようソファに腰を下ろす。
スマートフォンを手に取って、特に意味もなく適当にSNSを眺めていた。
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「茉莉。髪濡れたままだと風邪ひくよ」
気付いたら彼がソファの後ろに立っていた。
「すみません!すぐ乾かします!」
だらしなく過ごしていた自分が急に恥ずかしくなって、慌てて言い訳をすると、柊真さんは柔らかく目元を細めた。
そのまま立ち上がり、クローゼットからタオルを取って戻ってくる。
「ほら」
「えっ、あ、自分で――」
言い終わる前に、ふわりとタオルが頭にかけられた。
大きな手が、タオル越しに髪を包み込む。
ぽん、ぽん、と優しく押さえるような動きがむずがゆい。
「ちょ、柊真さん……っ」
身を引こうとすると、彼は私の隣に腰を下ろして、さらに距離を縮めた。
「じっとしてな」
低くて穏やかな声が、耳元で響いた。
心臓が跳ねて、息をするのを忘れそうになる。
ーー「柊真さん好きです」
京介を忘れるための最低な嘘をついてから、彼は私に甘くなった。
元々優しくて親切だったけれど、それはもう愛されていると錯覚してしまうほどに。
京介のことを思い出させないように。
私が前を向けるように。
彼にそれ以上の他意はないと、私自身分かっているけれど。
それでも、その甘すぎる優しさは居心地がよく、私は少しずつ、抵抗なく彼に甘えるようになっていた。
撫でるみたいに丁寧に、心地よい強さで髪に触れるタオルが幸せで、私はそのまま目を閉じた。
しばらくしてその手が止まる。
「……?」
目を開けると、真剣な顔をした藤堂さんと目が合った。
驚いて固まっているうちに、タオルの隙間から、指先が伸びて、私の頬にかかっていた前髪を払う。
「糸くず、ついてた」
すぐに離れた彼の指先には小さな糸くずが付いていた。
顔が一気に熱を持つのを感じる。
視線をそらそうとしても、すぐ目の前に彼の顔があって、どこを見ればいいのかわからない。
そんな私の様子に気づいたのか、藤堂さんの指が一瞬止まり、ふっと低く笑う音がした。
「そんな顔されると、なんか、悪いことしてるみたいだな」
「っ……!!」
――悪いことしてるのはどっちですか!
私が言葉を失っているうちに、柊真さんはタオルをとって、直接髪に優しく触れた。
「はい、だいたい乾いた。ドライヤーしておいで」
さっきまでの距離が嘘みたいに、すっと離れる彼。
「ほら、ぼーっとしてないで」
「は、はい!」
その声に慌てて立ち上がり、洗面所へ逃げ込んだ。
鏡に映った自分の顔は、驚くほど赤かった。
――ただの優しさ、こんなにドキドキしなくていいよ。
そう言い聞かせるのに、胸の音がうるさくて、落ち着かせるのに精一杯だった。
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ドライヤーを終えてリビングに戻ると、柊真さんはソファに私を招き入れた。
夜は嫌いだ。
ひとりでいると、京介との思い出が蘇るから。
それを分かっているかのように、柊真さんは私を甘く抱きしめてくれていた。
彼の腕に包まれて、彼の指先で手遊びをしながらぼーっとテレビを見る。
その間に眠たくなって寝てしまえるように。
そのとき、柊真さんのスマートフォンが振動した。
画面を見た彼の顔に、私は彼の手をすっと離す。
「……電話出てくるね」
柔らかく頭に触れて部屋を出ていく背中を見送った。
「どうしたの?」
何度か聞いた柔らかな応答は、決して仕事のものではない。
ここに来てから、何度か見てきた光景。
初めは、彼の人間関係の一部として認識していたその事実が、今、ほんの少しだけ胸を苦しめていることに気付く。
「分かってたじゃん」
――特別じゃないって、こういうことだ。
私だって、京介を忘れるために彼を利用してる。
寂しいなんて思う権利ないんだ。
私は、彼が用意してくれた自室のベッドに潜り込み、身体を丸めた。
ひとりの夜が辛くて、涙が止まらなくて眠れない。
けれど、こういう日に慣れていかなきゃいけないのも分かっている。
柊真さんの居心地の良さに、溺れすぎないように。
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