フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

春咲さゆ

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第二章 光となる人

第12話 前へ

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 長年付き合ってきた京介と離れることを決意した。

 ひとりではきっとできなかった決断の背中を押してくれた柊真さんに、もう大丈夫だと笑える日まで。

 私は、まっすぐ進んでいかないといけない。


_/_/_/_/_/_/


「藤堂さんこれって」

「こちらの資料、確認お願いします」

 至る所から話しかけられる彼の姿を遠目に見ながら、私もパソコンの画面に集中した。

 京介のことはきっと、一朝一夕で解決するものじゃ無い。

 私がまず向き合うべきものは、毎日の仕事だった。

 柊真さんが社内に加わってから、仕事は驚くほどスムーズに進むようになった。

 彼が関わっている「アルカ」の新アップデートは勿論のこと、彼の影響はほかのプロジェクトにまで届いている。

 明確になるまでとことん突き詰めて効率よく作業を進めていく彼のスタイルに引っ張られるように、プロジェクト全体の雰囲気が少しずつ引き上げられていった。

 私はそれを、夏目さんの仕事への向き合い方の変化で身近に感じていた。

 指摘に怯えるのではなく、次に何をすべきかを自分で考え、前向きに動くようになった彼女は、私にたくさん質問に来るようになった。

 そのおかげで、こちらから様子を伺って確認しなければいけないことが減り、私自身の仕事も自然と楽になっている。

 柊真さんには、職場すら見えないところで助けられている感覚があった。


_/_/_/_/_/_/


 ーー決めた。今日は肉じゃがにしよう。

 小さな決断ができるゆとりを嬉しく感じながら、パソコンを閉じてタイムカードを切る。

 時計はちょうど十八時。
 エレベーターへ向かう途中、不意に背後から声をかけられた。

「もう帰るの? ずいぶん余裕がありそうね」

 振り返った先に立っていたのは村上さんだった。

「夏目さんの仕事はちゃんと進んでるのかしら?」

 その厳しい口調に、一瞬だけ背筋が緊張する。

 それでも私は足を止め、落ち着いて振り返った。

「はい。進んでいます」

 怖がってばかりじゃいけない。

 変われないままではいたくない。

 息を吸いこんで、言葉を続ける。

「今日の仕事内容は、夏目さんが一人で対応できる範囲だと判断しています。
 夏目さん自身の最近は仕事への向き合い方も変わってきているのを感じていますし」

 村上さんの表情が険しくなるのを見て、一瞬怯みそうになるけれど、ぎゅっと拳を握りしめてさらに続けた。

「不明点があっても、明日の朝に確認すれば十分に期限には間に合います。
 今の進捗であれば、こちらから手を出す必要はないです」

 曖昧さを残さないようにはっきりと言い切った。

「私自身の業務も本日分は完了しています。
 村上さんにはすでに確認をお願いしていますので、修正点があれば明日対応します」

 顔を上げると、村上さんは顔を真っ赤にしていた。

 ーー怒鳴られる。

 反射的にそんな恐怖を覚えるけれど、数秒待っても彼女は何も言わない。

 私は迷いながら、静かに頭を下げた。

「あの、それでは、お先に失礼します」

 村上さんは、何か言いたげな表情をしていたけれど、その口から呟かれたのは小さな小さな言葉だった。

「……お疲れ様」
「お疲れ様です」

 私はもう一度頭を下げて、村上さんに背を向ける。

 エレベーターに乗り込んだら、身体中の力が抜けてしゃがみこんでしまいそうになった。


 ——前なら、きっと、呑み込まれていた。


 彼女からの嫌味を恐れ、実際の状況がどうだろうと無意味に謝っていたと思う。

 でも、今日は、自分の意思を伝えることができた。

 こんなに情けなく震えてるけれど、でも言えた。

 震えを止めるようにぎゅっと手のひらを握って、エレベーターを降りる。


_/_/_/_/_/_/


 エントランスを出たところで、壁際にもたれていた男性がこちらを見るのが分かった。

「……柊真さん」

 会社で待ち合わせることなんてないはずなのに。
 驚いて目を見開くと彼は、悪戯が成功したしたときのように小さく口角を上げる。

「帰ろう」

 もう、仕事モードは終わったみたいだった。
 私は自然と口角が上がり、先に歩き出した彼を少しの距離を開けて追いかけた。


_/_/_/_/_/_/


 駅を越えたところで、歩幅を緩めた彼の隣に並ぶと、彼は小さく口を開いた。

「助けようかと思って見てたけど……余裕じゃん」

 一瞬、何のことか分からなくて顔を見上げる。

「ちゃんと説明できてたし、判断も問題ない。あれでいいよ。夏目さんは自分でできる。必要の無い責任を背負う必要はない」

 柊真さんは、どうやら、さっきのやり取りを見ていたらしい。

 胸の奥が、じんわり温かくなる。

 軽く言われたその一言が、妙に心に響いた。

 自分でも自信を持ちたいと、変われるのかなと思った瞬間だったからか。

 ただその変化を自分だけの力で喜ぶには、まだ自信が足りなかったから。

「……ありがとうございます」

 なんだか泣きそうになりながら小さく返すと、柊真さんは「どういたしまして」とだけ言った。


_/_/_/_/_/_/


第12話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!

ついに二章に入ります。
次回もぜひよろしくお願いいたします。
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