フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

春咲さゆ

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第二章 光となる人

第14話 もう一度

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 柊真さんに頼りきりになっていた自分に改めて気がついてから、私は意識的に彼から離れる努力を始めた。

 守られている安心感に甘えるだけじゃなく、自分の足で立てるようになりたい。
 そうしないと、彼の優しさに溺れてしまう。

 京介に依存していた自覚がある分、そうなってしまうのも怖かった。

「ご確認お願いします」

 まずは仕事から変われるように努力を始めた。

「ありがとう。木崎さん資料作成早くなったね」

 丁寧さに加えて速度も意識することで、エンジニアから褒められることが増えたと思う。

 そのひとつひとつが少しずつ自信となり、前に進めていると思っていた矢先の出来事だった。

「木崎さん、これお願い」

 村上さんから手渡されたのは、ゲーム「アルカ」の期間限定イベントに関する企画資料だった。

 ペラペラとめくると、手書きで入れてほしい内容がメモされているワイヤーフレームになっている。

「新規イベントですか?担当者って……」

「坂本さん」

 名前を聞いて、少しだけ肩に力が入る。

 以前依頼された、社内での導入検討会の資料が散々だったことは、私の中で苦い思い出となっていた。

「できない?」

 村上さんは、面倒そうに眉を下げる。

 その表情の圧力では、私でなくても誰も断ることはできないだろう。

 大丈夫。
 頑張ろうって決めた。

 ちゃんとやれるところを見せるんだ。

「できます。ありがとうございます」

 私は、村上さんからその企画資料の草案を全て受け取った。

 前回の反省を踏まえて、私はメモをサッと確認してからすぐに席を立つ。

「坂本さん、お時間いいですか」

 声をかけると、彼は一瞬だけこちらを見て、わずかに眉を動かした。

「……木崎さんか」

 正直、歓迎されている反応ではない。

 苦手な反応ではあったけれど、私はぎゅっと足に力を入れて、資料を差し出した。

「次回イベントの件、村上さんから引き継ぎました。認識にズレがないか確認させてください。
 期日とこのメモの意図も含めてお話したいです」

 聞きたいと思った内容を重ねてメモした草案を開くと、坂本さんは少し意外そうに資料に目を落とした。

「椅子、持ってきて」

 モニターをこちらに向けながらそう言った彼に、私は近くの席から椅子を拝借して隣に座る。

「まず期日は来週末。営業日だとあと7日あるからまだ余裕はあると思う。で、メモの内容だけどーー」

 そこからは、具体的な話になった。

 過去イベントとの差分、今回のイベントの強みと市場の需要予測。

 坂本さんの意図は、草案に書かれた簡単なメモでは足りないくらい深くまで練られていて、私は取りこぼしなくその内容を頭に叩き込んだ。

 定時を過ぎても、二人で資料を見ながら擦り合わせを続ける。

「今言えることは以上かな。イベント関連は、普段村上さんにお願いしてたから、ここに入れるデータ部分は、村上さんに確認すれば細かい数字は出てくるよ」

「分かりました。明日朝イチで村上さんに確認していただいた内容を整理して、グラフにまとめます」

「うん、ありがとう」

 話を終える頃には、坂本さんの億劫そうな表情は消え、親身な先輩の顔になっていた。

「すみません、残業させてしまって。お時間頂きありがとうございます」

「こちらこそ、頑張ろうね」

 その前向きな言葉が嬉しくて、私は「はい」と大きすぎる声で返事をする。

 驚いたように目を丸くした坂本さんは、可笑しそうに笑って退勤していった。


_/_/_/_/_/_/


「茉莉、最近残業多いよね。坂本さんの案件?」

 夕飯を片づけながら、柊真さんが何気ない調子で聞いてくる。

 優しい気遣いを感じたけれど、今は自分で頑張りたい。

「大変ですけど……頑張りたい案件なので!」

 はっきりとそう答えると、彼はそれ以上踏み込まずに「そっか」とだけ言った。

 柊真さんはどうしてこんなに人のほしい言葉が分かるのか、不思議に思った。

 助けてほしいときに助けてくれて、離れたいときには離れていく。

 心地が良すぎる環境を、少し怖くも感じた。

「おやすみなさい」

 リビングでパソコンを開く彼に小さく声をかけると、優しく手を振って見送ってくれる。

 あんなに眠れない毎日だったのに、ベッドに入ると、考える間もなく眠りに落ちる日が続いていた。

 目を閉じれば朝で、また坂本さんとのラリーに励む日常が始まる。

 充実感のある毎日は、不思議と心地よかった。

「うん、いいんじゃない。細かい出典箇所とか根拠付けだけ確認しておけば良い資料だと思う」

「ありがとうございます!」

 そうして、会議の1日前にようやく二人とも納得できる資料が完成した。

 今回は、やり切った自分に胸を張れる気がしていた。

 ——だからこそ。
 このあと待っていた結果に、私の心は耐えられなかったのだ。


_/_/_/_/_/_/



 会議当日。

 坂本さんの提案は円滑に進んでいきレビューの時間に入ったところで、部長がスクリーンに映るグラフに視線を留めた。

「想定参加率が42パーセント?」

 低い声が落ちる。

「去年の同時期イベントと比較、となっているけれど……今の仕様で、そんな数字が出るのか?」

 空気が一瞬で張りつめる。

 坂本さんが、画面を見てすぐに気づいたように口を開いた。

「その数値、仕様変更前のイベントですね。すみません僕も気付きませんでした」

 部長の視線が、すっと坂本さんから私へ移る。

「つまり、この完走率28パーセントも、現行仕様の実績じゃないということか?」

 喉が小さく震える。
 そのデータは、私が村上さんから受け取って資料に反映したものだった。

 部長の問いに、誰もすぐに答えられない。

「資料作成者は木崎だろ。すぐに答えてくれ」

 明らかにイライラしている口調に、会議室は静まり返った。

 私は、震える声で小さくつぶやく。

「去年の同時期イベントデータを参照したものです。申し訳ありません、再度確認いたします」

 視界の隅で、村上さんが気まずそうに視線を逸らすのが見えた。

「この数字を前提に、報酬設計も人員配置も組んでいるんだろ」

 部長の声が低くなる。
 鋭い視線が私に向けられ、私は蛇に睨まれた蛙のように固まった。

「数字の大切さは新人の頃から伝えているはずだろ」

「……はい」

「この前提が違えば、このイベント企画自体が成立しない。分かっているのか?」

 どんどんと荒らげられていく声に胸がぎゅっと縮む。

 二週間一緒に資料を見ていた坂本さんが、わずかに口を開きかける。

「部長、それは——」

 けれど、部長の怒りは思いのほか強かった。

「坂本に謝らせて終わりか?前も資料作成のことで指摘をした。同じことを何度も言わせるな!」

 鋭い声で怒鳴られ、会議室が静まり返る。

 坂本さんも口を挟むことを諦め、小さく俯いてしまった。

 昨年度のデータをまとめていたのは村上さんだった。
 そこにミスがあったのなら、元来私にはどうすることも出来ない。

 でも、それをここで伝えても無意味なことは知っている。

「……申し訳ありません」

 気づけば、私はそう答えていた。

「過去データの前提確認が不十分でした」

 坂本さんが驚いたようにこちらを見る。

「基本中の基本だぞ何年目になるんだ」

「はい、申し訳ございません」

 謝ることしかできない時間が続き、部長は大きなため息をつき、背もたれにもたれかかった。

「今回の資料は私も確認していたものですので、私にも責任はあります。再度ふたりでデータを確認し正しいものを提出させていただきます」

 その後、坂本さんの言葉でまとまり、重たい空気のまま会議は解散となった。

「ごめん、これは俺のミスだ。気にし過ぎないで。今回木崎さんは頑張ってくれたと思ってるから」

 私と坂本さんの二人だけが残った会議室で、彼はそう優しい言葉をかけてくれた。

「……ありがとうございます」

 けれど、私は弱々しくそう答えるしかできず、坂本さんも口を噤んだ。

 胸の奥に残ったものは消えない。

 ――変われたと思ってたのに。

 少しは成長したつもりでいたのに。

 現実は、何も変わっていなかったのだ。


_/_/_/_/_/_/


第14話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!

次回もぜひよろしくお願いいたします。
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