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第三章 一番星の光
第27話 一緒に働かないか?
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しばらくして、落ち着いた俺たちは、紅茶を入れてゆっくりとした時間を過ごしていた。
「あの……言っても仕方ないことなんですけど」
茉莉は、涙の跡が残る赤い目で、小さく口にする。
「さすがに、ちょっと疲れちゃったかもしれない」
珍しく弱音を口にした彼女に驚いて、視線を向けると、彼女は申し訳なさそうに笑っていた。
「頑張ろうって思ってたんです。ちゃんとやろうって……」
すぐにかすれていく声で、茉莉は必死に言葉を繋ぐ。
「京介のことも自分の力で解決できたと思ってたのに、結局こんなことになっちゃうし。仕事も、ひとつひとつ頑張ろうって思ってたのに、結局また居づらくなっちゃって」
口にする彼女に、当たり前だと思った。
そもそも頑張ったところで正当な評価もされない環境。
加えて自分の努力と関係ないところで、邪魔をされたりなんかしたら、俺ならすぐにその契約は終わりにしている。
すでに彼女はこれ以上ないほど頑張っていると思う。
「……それでも、頑張らないとって、思わなきゃいけないですよね」
弱音を吐いたことを取り消すように、最後に残されたその笑顔が、あまりにも痛々しかった。
こんなにも限界なのに、それでも一人で立とうとしている。
——もう一人になんてするつもりない。
衝動のままに口にした言葉を思い出す。
自分でも信じられないことを言ったと思ったけれど、案外あれは俺の本音だった。
「……なあ」
気付けばまた、思考とは別のところで勝手に口が動いていた。
「俺と、一緒に働かないか?」
茉莉が、ぱち、と瞬きをする。
「……え?」
自分で言っておきながら、心臓が大きく跳ねた。
「フリーだし安定はしないけど、それなりに収入はあるんだ」
それでも言葉を止めることはできず、すらすらと続けてしまう。
「ずっと思ってた。茉莉の丁寧で慎重なスキルは、俺にはないもので、茉莉の力を借りればもっと大きな案件に入れるかもしれない。それに、努力が正当に評価されない環境よりは、マシだと思う」
茉莉は、呆然と俺を見つめている。
その表情に冷静になった自分自身が驚いていた。
これまで、仕事という自分だけのテリトリーに他人を入れようと思ったことは一度もなかった。
そこで繋がってしまえば、都合の良いだけの関係ではいられなくなる。
意識的につくっている距離が、無駄になってしまうというのに。
少し考えればわかる事実に、しまった、と思うのと同時に、これが紛れも無い本心だと気づく。
ただ、傷つく場所にいてほしくなかった。
その思いの裏にある感情を、俺はもう、否定できないところまで来ていたのだ。
茉莉は、しばらく固まったまま動かなかった。
その沈黙が、やけに長く感じられる。
急すぎただろうか。
そう思った直後、彼女がゆっくりと顔を上げた。
「……ありがたいです。でも……」
——でも。
逆説の先に続く言葉は、俺でなくても想像がつく。
胸の前で手を握りしめる仕草が、妙にはっきりと目に焼きついた。
「柊真さんに、そこまでお世話になるつもりはありません」
柔らかいけれど、迷いのない声だった。
今思えば、始めに手を差し伸べた日とは随分と違う声を出すようになったと思う。
きっとこちらの方が、本来の茉莉なんだろう。
「もう、自分の人生を、誰かに預けるのは……したくないんです」
——ああ。
胸の奥が、静かに沈んだ。
自分がどこかで「必要とされている前提」に立っていたことに気づかされた気がした。
俺は彼女を助けているつもりで、そばにいられる理由を、役割に預けていたのだ。
「……そうだね。ごめん、忘れて」
口から出たのは、そんな弱々しい言葉だった。
彼女は、ちゃんと自分で立とうとしている。
その姿が、まぶしくて。
同時に、自分自身を恥ずかしく感じた。
——俺は、彼女の隣にいる理由を、まだ持っていないんだ。
必要とされているからではなく。
「一緒にいたい」と伝えられる自分でいなければならないことを今更ながらに思い知る。
思いのままに差し出した手を、静かに引っ込めながら、俺は一つの覚悟を決めた。
_/_/_/_/_/_/
第27話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!
次回もぜひよろしくお願いいたします。
「あの……言っても仕方ないことなんですけど」
茉莉は、涙の跡が残る赤い目で、小さく口にする。
「さすがに、ちょっと疲れちゃったかもしれない」
珍しく弱音を口にした彼女に驚いて、視線を向けると、彼女は申し訳なさそうに笑っていた。
「頑張ろうって思ってたんです。ちゃんとやろうって……」
すぐにかすれていく声で、茉莉は必死に言葉を繋ぐ。
「京介のことも自分の力で解決できたと思ってたのに、結局こんなことになっちゃうし。仕事も、ひとつひとつ頑張ろうって思ってたのに、結局また居づらくなっちゃって」
口にする彼女に、当たり前だと思った。
そもそも頑張ったところで正当な評価もされない環境。
加えて自分の努力と関係ないところで、邪魔をされたりなんかしたら、俺ならすぐにその契約は終わりにしている。
すでに彼女はこれ以上ないほど頑張っていると思う。
「……それでも、頑張らないとって、思わなきゃいけないですよね」
弱音を吐いたことを取り消すように、最後に残されたその笑顔が、あまりにも痛々しかった。
こんなにも限界なのに、それでも一人で立とうとしている。
——もう一人になんてするつもりない。
衝動のままに口にした言葉を思い出す。
自分でも信じられないことを言ったと思ったけれど、案外あれは俺の本音だった。
「……なあ」
気付けばまた、思考とは別のところで勝手に口が動いていた。
「俺と、一緒に働かないか?」
茉莉が、ぱち、と瞬きをする。
「……え?」
自分で言っておきながら、心臓が大きく跳ねた。
「フリーだし安定はしないけど、それなりに収入はあるんだ」
それでも言葉を止めることはできず、すらすらと続けてしまう。
「ずっと思ってた。茉莉の丁寧で慎重なスキルは、俺にはないもので、茉莉の力を借りればもっと大きな案件に入れるかもしれない。それに、努力が正当に評価されない環境よりは、マシだと思う」
茉莉は、呆然と俺を見つめている。
その表情に冷静になった自分自身が驚いていた。
これまで、仕事という自分だけのテリトリーに他人を入れようと思ったことは一度もなかった。
そこで繋がってしまえば、都合の良いだけの関係ではいられなくなる。
意識的につくっている距離が、無駄になってしまうというのに。
少し考えればわかる事実に、しまった、と思うのと同時に、これが紛れも無い本心だと気づく。
ただ、傷つく場所にいてほしくなかった。
その思いの裏にある感情を、俺はもう、否定できないところまで来ていたのだ。
茉莉は、しばらく固まったまま動かなかった。
その沈黙が、やけに長く感じられる。
急すぎただろうか。
そう思った直後、彼女がゆっくりと顔を上げた。
「……ありがたいです。でも……」
——でも。
逆説の先に続く言葉は、俺でなくても想像がつく。
胸の前で手を握りしめる仕草が、妙にはっきりと目に焼きついた。
「柊真さんに、そこまでお世話になるつもりはありません」
柔らかいけれど、迷いのない声だった。
今思えば、始めに手を差し伸べた日とは随分と違う声を出すようになったと思う。
きっとこちらの方が、本来の茉莉なんだろう。
「もう、自分の人生を、誰かに預けるのは……したくないんです」
——ああ。
胸の奥が、静かに沈んだ。
自分がどこかで「必要とされている前提」に立っていたことに気づかされた気がした。
俺は彼女を助けているつもりで、そばにいられる理由を、役割に預けていたのだ。
「……そうだね。ごめん、忘れて」
口から出たのは、そんな弱々しい言葉だった。
彼女は、ちゃんと自分で立とうとしている。
その姿が、まぶしくて。
同時に、自分自身を恥ずかしく感じた。
——俺は、彼女の隣にいる理由を、まだ持っていないんだ。
必要とされているからではなく。
「一緒にいたい」と伝えられる自分でいなければならないことを今更ながらに思い知る。
思いのままに差し出した手を、静かに引っ込めながら、俺は一つの覚悟を決めた。
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