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第三章 一番星の光
第35話 罪悪感もふたりで
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帰り道の足取りは、朝よりももっと軽やかに進む。
結局、私は週末まで最低限の引き継ぎをして、あとは有給を消化して退社できる運びとなった。
「すぐにでもいなくなっていい存在」だと思われていたからこそ出た判断なのだろう。
でも、不思議と今は、それを惨めだとは感じていなかった。
ずっと、自分が足りないせいだと思ってきた。
能力も、要領も、立ち回りも。
そこにほんの少し――。
「正当に評価されていなかったかもしれない」という考えが差し込むだけで、心は驚くほど楽になる。
「それにしてもさ」
腫れ物のように扱われた今日一日。
それを気にせず堂々と隣を歩く柊真さんが、どこか楽しそうに口を開いた。
「茉莉、結構ガッツリ言ってたよね。正直驚いた」
「えっ……!?」
思わぬ言葉に、一気に顔が熱くなる。
「そ、それは……柊真さんの入れ知恵じゃないですか……!」
思わず声を上げると、彼はくすっと笑った。
_/_/_/_/_/_/
――あの夜のことを思い出す。
マニュアルが完成した日の夜。
「早く俺のところに来なよ」と、彼はあまりにも自然に言った。
「俺は、いつ来てくれても助かるよ」
無くなった話だと思いつつあった私は驚いたけど、柊真さんの真剣な瞳に耳を傾けた。
彼は、忙しさで忘れていた訳ではなく、タイミングを見ていたのだという。
「茉莉の仕事のキリがついたタイミングがいいと思うんだよ、伝えてから先、居心地が良い会社だとも思えないし」
ずっとそう思って、考えてくれていたことがたまらなく嬉しい。
「本当に、いいんですか?」
「もちろん。むしろ働かなくたっていいんだ。茉莉が苦しむことがなくて、俺と一緒にいてくれたらいいなっていう、口実だったし」
照れたような表情の彼に、私は思わず抱きついてしまった。
「ありがとうございます。マニュアルを提出して全て終わったら、辞めると伝えようと思います」
そう言葉にした私に、彼は少しだけ悪い顔をした。
「何か言われたら、最後なんだし堪えないで伝えちゃえば?そのマニュアル私が作ったんですって」
「いや、しないですよ!私はそんな……村上さんを憎んでる訳じゃないし……」
伝えると、柊真さんは、むっと眉を寄せる。
「でもさ。ムカつかない?
あのクオリティのマニュアルも、茉莉が積み重ねた時間も、全部当たり前に取られるんだよ」
……それは、確かに。
少しだけ考えて、私は答えた。
「じゃあ……嘘は、つかないようにします」
その結果が、今日の反乱だったのだ。
_/_/_/_/_/_/
「正直、スカッとしたけどな」
柊真さんは無邪気に笑う。
その言葉にどこかに潜んでいた罪悪感が緩んだ。
「実は、私も……です。性格悪いのかも、って思いました」
初めてこんな気持ちを口に出す。
ドキドキしながら見上げると、彼は愛しそうにこちらを見下ろして、笑った。
「じゃあ、俺も悪いね。一緒だ」
そう言って、ぽん、と頭を撫でられる。
「これまで、いっぱい飲み込んできたんでしょ。今日のひとつくらい、全然大丈夫だよ」
その一言で、胸の奥に残っていた罪悪感が、すっと溶けていった。
_/_/_/_/_/_/
第35話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!
第三章、ついに完結。
次章からは茉莉と柊真の新生活が始まります。
次回もぜひよろしくお願いいたします。
結局、私は週末まで最低限の引き継ぎをして、あとは有給を消化して退社できる運びとなった。
「すぐにでもいなくなっていい存在」だと思われていたからこそ出た判断なのだろう。
でも、不思議と今は、それを惨めだとは感じていなかった。
ずっと、自分が足りないせいだと思ってきた。
能力も、要領も、立ち回りも。
そこにほんの少し――。
「正当に評価されていなかったかもしれない」という考えが差し込むだけで、心は驚くほど楽になる。
「それにしてもさ」
腫れ物のように扱われた今日一日。
それを気にせず堂々と隣を歩く柊真さんが、どこか楽しそうに口を開いた。
「茉莉、結構ガッツリ言ってたよね。正直驚いた」
「えっ……!?」
思わぬ言葉に、一気に顔が熱くなる。
「そ、それは……柊真さんの入れ知恵じゃないですか……!」
思わず声を上げると、彼はくすっと笑った。
_/_/_/_/_/_/
――あの夜のことを思い出す。
マニュアルが完成した日の夜。
「早く俺のところに来なよ」と、彼はあまりにも自然に言った。
「俺は、いつ来てくれても助かるよ」
無くなった話だと思いつつあった私は驚いたけど、柊真さんの真剣な瞳に耳を傾けた。
彼は、忙しさで忘れていた訳ではなく、タイミングを見ていたのだという。
「茉莉の仕事のキリがついたタイミングがいいと思うんだよ、伝えてから先、居心地が良い会社だとも思えないし」
ずっとそう思って、考えてくれていたことがたまらなく嬉しい。
「本当に、いいんですか?」
「もちろん。むしろ働かなくたっていいんだ。茉莉が苦しむことがなくて、俺と一緒にいてくれたらいいなっていう、口実だったし」
照れたような表情の彼に、私は思わず抱きついてしまった。
「ありがとうございます。マニュアルを提出して全て終わったら、辞めると伝えようと思います」
そう言葉にした私に、彼は少しだけ悪い顔をした。
「何か言われたら、最後なんだし堪えないで伝えちゃえば?そのマニュアル私が作ったんですって」
「いや、しないですよ!私はそんな……村上さんを憎んでる訳じゃないし……」
伝えると、柊真さんは、むっと眉を寄せる。
「でもさ。ムカつかない?
あのクオリティのマニュアルも、茉莉が積み重ねた時間も、全部当たり前に取られるんだよ」
……それは、確かに。
少しだけ考えて、私は答えた。
「じゃあ……嘘は、つかないようにします」
その結果が、今日の反乱だったのだ。
_/_/_/_/_/_/
「正直、スカッとしたけどな」
柊真さんは無邪気に笑う。
その言葉にどこかに潜んでいた罪悪感が緩んだ。
「実は、私も……です。性格悪いのかも、って思いました」
初めてこんな気持ちを口に出す。
ドキドキしながら見上げると、彼は愛しそうにこちらを見下ろして、笑った。
「じゃあ、俺も悪いね。一緒だ」
そう言って、ぽん、と頭を撫でられる。
「これまで、いっぱい飲み込んできたんでしょ。今日のひとつくらい、全然大丈夫だよ」
その一言で、胸の奥に残っていた罪悪感が、すっと溶けていった。
_/_/_/_/_/_/
第35話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!
第三章、ついに完結。
次章からは茉莉と柊真の新生活が始まります。
次回もぜひよろしくお願いいたします。
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