フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

春咲さゆ

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第四章 支え合いの形

第42話 掴みどころのない人

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 翌朝、私はいつもより少し早く目を覚ました。

 なかなか寝付けなかったからか、カーテンの隙間からこぼれる朝日が、やけに眩しく感じる。
 普段なら心地よいはずの光なのに、今は刺々しく突き刺さるようだった。

 ベッドサイドに置いたスマホへ手を伸ばすと、見慣れないアカウントから通知が届いている。
 画面を開いた瞬間、表示された名前に指が止まった。

 ――片桐拓真。

 スマホを持ったまま、しばらく固まる。

 昨日の意味深な笑みを思い出し、ぼんやりしていた頭が鮮明に冷えていくのを感じた。

「……何の用だろう」

 小さく呟きながらメッセージを開くと、そこにはたった一行の文章が並んでいた。

 <藤堂が秘書に選んだ君に興味があるんだ。よければゆっくり話さないか?>

 胡散臭い言葉に、眉を潜める。

 それでも、その奥に別の意図が潜んでいる気がして、胸の奥をざわつかせた。

 スマホを見つめたまま、私は小さく息を吐く。

 ――『茉莉が気にするようなことはなにもない』

 昨夜、そう言った彼の声が示していたのは、きっと明確な拒絶だった。
 以前から感じていた不満が、カケラを集めるように少しずつ膨らんでいく。

 力になりたいのに、柊真さんは何も話してくれない。
 何も、教えてくれないし、近づく隙すら与えてくれない。

 抱えているものがあるのなら、私はその全てを知って、彼の支えになりたかった。

 そして今、その答えに近づく手がかりが、目の前にあるかもしれないのだ。

 わかっている。
 柊真さんはきっと、嫌がる。

 でも――

「……少しだけなら」

 震える指で返信を打ち込む。

 <少しだけなら、お話しします>

 意を決して送信すると、画面に「送信済み」の文字が浮かび上がった。

 その瞬間、心の中に重い罪悪感が芽生えた。

「私は、柊真さんの力になりたいだけ……」

 そう自分に言い聞かせながら立ち上がる。
 でも、その言葉とは裏腹に、罪悪感はじわじわと大きくなっていくのを感じていた。


_/_/_/_/_/_/


 片桐さんと会ったのは、夕方のカフェだった。
 大きな窓から差し込むオレンジ色の光が、落ち着いた店内をやわらかく照らしている。

 控えめなジャズが流れる中、中央のワインレッドのソファに彼はゆったりと腰掛けていた。

 パーティーでもないのに高級そうなスーツを身にまとい、余裕たっぷりの笑みを浮かべる彼に、私は少し身を固くする。

「来てくれて嬉しいよ、木崎茉莉さん」

 穏やかな口調でそう言いながら、片桐さんは向かいの席を手で示した。

 私は一瞬だけためらったものの、深く息を吸い、静かに腰を下ろす。

「こちらこそ、お誘いいただいてありがとうございます」

 きっと、下手に取られてはいけない。
 私はあくまで柊真さんの部下としてここにきたのだ。

 その意思をはっきりと見せるため、凛とした態度をとるつもりだったのに、ほんのわずかに声が震えた。

「そんなに緊張しなくてもいいのに」

 片桐さんは軽く笑い、指先でグラスの縁をなぞる。

「言っただろ。君に興味が湧いたんだ」

 不敵な笑みに、体が強張った。

「柊真さんの隣にいるから、ですよね。私が隣にいることは不自然ですか?」

 そう尋ねると片桐さんは意味ありげに口元を緩める。

 コーヒーを持つ指先から、ゆっくりと頭まで上がってくる視線。
 まるで、値踏みをするようなその眼差しに居心地の悪さを覚える。

「フリーになってからの藤堂は、以前よりも慎重で、簡単には気を許さないと噂になっている。
 元々そういう男ではあったけど……それが女性相手なら、なおさらだ」

 片桐さんはコーヒーに口をつけながら、淡々を続ける。

「仕事で女性と深く関わることは、ほとんどなかったように思う。
 それなのに、君みたいに若くて、まだ経験の浅い秘書を選んだ。
 ……それほど魅力的な女性なのか、それとも、他に理由があるのか。正直、気になってね」

 私は無意識に指を組み、膝の上で強く握った。

 そんなの私がいちばん聞きたいことだった。

 もし、私に価値を見出してくれているのなら、もっと仕事を任せてくれてもいいはずなのに。

「それは……」
 言葉を探そうとして、喉の奥で詰まる。

 私自身も正直、答えを持っていなかった。

「やっぱり君も苦労してるんだ」

 片桐さんは、想定通りの反応だと言わんばかりに、ソファへ大きく身を預けた。

「……どういう意味ですか?」

 問い返すと、彼は再び身を乗り出し、声を落とす。

「藤堂が君を信頼していると本気で思ってる?」

 息が詰まった。
 私の中にずっとあった小さな不安を、正確に突き刺された気がした。

「何が言いたいんですか」

 思わず、反抗的な声が漏れる。
 図星だったのだ。

 柊真さんが私を大切にしてくれているのは伝わっている。
 でもそれは、彼女という関係があるからこそなのかもしれない。

 秘書としてどのくらい評価しているのか。
 そこには確かに拭えない不安が残っていた。

「とはいえ、藤堂の隣にいるような女性だ。もしどこか不安があるのなら、俺のところで働いてみない?」

 あまりに想定外の言葉に、思わず手元が狂い、コーヒーをこぼしかけた。

「……なにを言っているんですか」

 さっきからずっと、会話のしづらい男性だ。

「冗談だと思う?」

 揶揄うようでいて、どこか値踏みするような挑戦的な視線。
 私は視線を逸らさず、きっと目に力を込めていた。

「そういったお話でしたら、失礼します。私は藤堂さんの元で働いていますので」

 きっぱり告げると、片桐さんは軽く肩をすくめ、どこか楽しそうに目を細めた。

「残念だな。でもきっと藤堂のそばにいるうちに、苦しむことになるよ」

 一拍置いて、彼は静かに言葉を重ねる。

「君は、彼の求める人材にはなれない」

 余計なお世話だ。
 胸に込み上げる苛立ちを言葉にする前に、私は席を立った。

 その言葉の意味を、私はまだ理解できていなかったのだ。
 けれど、背後からの視線が、私の心に妙なざわめきを残したまま離れなかった。


_/_/_/_/_/_/


第42話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!

次回もぜひよろしくお願いいたします。
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