フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

春咲さゆ

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第四章 支え合いの形

第43話 失った信頼

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 どっと疲れた心を抱え、自宅の扉を開けた瞬間、空気が張り詰めているのがわかった。

 私が帰ってきても、ソファに座る柊真さんは振り返らない。

 その背中から、不機嫌なオーラを感じ取った私は、ピリッと表情を固くした。

「茉莉」
 静かに呼ばれた名前。

 その声には隠しきれない苛立ちが混じっていて、耳の奥にずしりと響いた。

「片桐と会ってきたのか?」
 その短い一言で、足が止まる。

 ——なんで、知ってるの。

 元々罪悪感を持って家を出た私。
 その小さかったはずの後ろめたさが、一気に膨れ上がり、胸を締めつける。

 内緒にしておこうと思っていたのに、こんなにも簡単に崩れてしまうなんて。

「ど、どうして……?」

 震える声で問いかけようとした瞬間、柊真さんが冷ややかに言葉を重ねた。

「片桐がわざわざ知らせてきた」

 スマホがソファに向かって投げられる。
 乱暴な仕草に驚きながら、私はゆっくりと近づき、震える手でそのスマホを拾い上げた。

 <いい秘書を持ったな>
 皮肉な一文とともに、カフェで珈琲を飲む私の写真が添えられていた。

 血の気がすっと引いていく。
 背筋が寒くなり、指先が震えた。

 ——なんでわざわざ……。

 彼の目的が分からない。
 でも確かに、私を、柊真さんを揺さぶろうとするような意図があるように思える。

 行くべきじゃなかった。
 話しづらい相手だと、さっきも感じた。

 柊真さんと同じ経営者で、私より何枚も上手な人間だということも分かっていた。

 それなのに——。
 私は、利用されるかもしれない危険すら考えず、軽率に足を踏み入れてしまったのだ。

「ごめんなさい」

 どうにか絞り出した声は、自分でも驚くほどか細かった。

「なんで会いになんて行ったんだ……。よりによって片桐と」

 今にも頭を抱えてしまいそうな彼の姿に、私まで動揺する。

「柊真さんの力になりたくて……」

 必死にそう伝えた瞬間。

「片桐と会えば、俺の力になれると思ったのか?」

 遮るように返された言葉は問い詰めるような口調で、思わず一歩後ずさる。

「……俺は、茉莉を信じてた」

 苦しげに吐き出された言葉に、心が強く締めつけられる。

 信じてた——。
 過去形の言葉が、何よりも胸をえぐった。

 柊真さんは深く息を吐き、視線をそらす。

「もういい。寝よう」

 立ち上がった彼が、私との間に線を引こうとしていることがはっきりと伝わってきた。

 すっと、触れることもなく隣を通り過ぎた彼に、気付けば私は口を開いていた。

「……だって、柊真さんは何も教えてくれない」

 ポツリとこぼした言葉に、柊真さんは足を止めた。

「なにも?」
 苛立ちが滲む強い口調に、どうしてか、私も引き返せなくなった。

「茉莉は知らなくていいって、そればっかりで、何も教えてくれないじゃないですか。
 力になりたいと思っても、少しも私には見せてくれない。
 そんなの、信じられてるなんて思えません」

 涙が滲む。

 自分が悪いことは分かっている。

 片桐さんに会いにいくことを柊真さんはきっと嫌がる。
 そう、想像できた上で会いにいったのだから、私がこんなふうに言う権利なんてないのに。

 ポタポタと涙を落として俯く。

「……」
 柊真さんは何も言わず、パタンとリビングの扉を閉めて寝室へと行ってしまった。

 私は大きな後悔に苛まれながら、ぺたりと床に座り込んで涙を拭うことしかできなかった。


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第43話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
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次回もぜひよろしくお願いいたします。
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