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第四章 支え合いの形
第44話 大切な人
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「おはようございます」
次の日の朝、勇気を出して声をかけるも、返ってきたのは短く、そっけない「おはよう」だけだった。
目も合わさず、まるで壁に話しかけているみたいな冷たい態度。
いつもなら私の些細な言葉にも反応してくれるのに、今の柊真さんはスマホに目を落としたまま、私の存在すら意識していないようだった。
家事を終えた後、恐る恐る声をかける。
「何かお手伝いしましょうか?」
けれど、彼はまたPCから視線を上げることなく、ただ冷たい一言を返した。
「特にないよ」
その一言が、棘のように胸に刺さる。
こんな態度を取られる理由は、私が自分で作った。
柊真さんの信頼を裏切ったのは、他でもない私だ。
これ以上、彼の空間を侵さないように。
私は肩を落として静かに家を出た。
_/_/_/_/_/_/
日中に外に出ても、やることは何もない。
適当にショッピングモールに入ってみたけれど、見たいものも、欲しいものも浮かばなかった。
次第に疲れて、お店を出て、ふらふらと歩く。
気づけば、空は夕暮れ色に染まり始めていた。
辿り着いた近くの公園のベンチに腰を下ろす。
冷たい夜風が頬を撫で、指先がじんと冷えていく。
けれど、それ以上に耐えがたかったのは、心の奥に広がる冷たさだった。
——帰らなきゃ。
そう思って、家の近くまで戻っては来たものの、足が動かない。
柊真さんの、あの冷たい目を思い出すたび、家に戻る勇気が、静かに削られていく。
その時、スマホの揺れを感じ、反射的に胸が高鳴った。
浮かんだ期待のまま勢いよく画面を見ると、<片桐拓真>の文字だった。
……柊真さんじゃない。
正直見たい名前ではなく、思わず無視をしたけれど。
どれだけ待っても鳴り止まない着信に、私は三度目の震えで、応答ボタンを押した。
「ああ、昨日はどうもありがとう」
軽やかで、どこか胡散臭い声。
それを聞いた瞬間、胸の奥が痛んで、涙が込み上げてきた。
昨日の自分が恨めしかった。
「いえ……こちらこそ」
涙がバレないように、声を落として答える。
少しの沈黙のあと、片桐さんは楽しむように問いかけてきた。
「もしかして、早速苦しくなった?」
「……誰のせいですか」
思わずそんな憎まれ口が出て、慌てて自分の口元を抑える。
電話の向こうからは、おかしそうな笑い声が聞こえてきた。
「藤堂に避けられているんだろ?」
「……あなたには関係ないです」
「たったあれだけの連絡で揺らぐなんてさ。やっぱり、大した信用じゃなかったんだよ」
そんなこと、あなたにだけは言われたくない。
通話を切ろうとした、その瞬間。
逃がさないとでも言うように、片桐さんは言葉を重ねた。
「結局、あいつはそういう男なんだよ。心の奥底では、人を信じ切れない。……そんなの、寂しくないか?隣にいても、辛いだけだろ」
優しげな口調だった。
私の傷口に漬け込むような。
どこか、京介を思い出した。
みんなして、私はそんなに弱い女に見えるのだろうか。
実際そうだったかもしれないけど……。
じわじわと腹の奥に熱が溜まり、私は通話を切った。
その直後。
背後から、切ったはずの片桐さんの声が、はっきりと聞こえた。
「だからいっそ、俺のところで働くのはどうだって誘っただろ」
背後から囁かれた声に、身体がびくりと強張った。
「ど、どうしてここに……」
震える声でそう問いかけても、片桐さんは答えない。
代わりに、私が腰掛けているベンチの背もたれに、後ろから軽く腰を下ろした。
「まだ、藤堂のところで働きたい?」
何も言えずにいる私を見て、片桐さんは薄く冷たい笑みを浮かべた。
懐からスマートフォンを取り出し、画面をこちらに向ける。
「けど、藤堂の方が君を今まで通りに見てくれるとは限らないよ」
そこに映っていたのは、私と片桐さんが向き合って話している写真だった。
——今、この公園で遭遇してから、ほんの数分の間に撮られたもの。
思わず周囲をきょろきょろと見渡してしまう。
角度のせいか、距離は不自然なほど近くて、まるで親しい男女のように見えた。
「この間のカフェですら影響があったみたいだし。これを使えば、君の信頼なんて簡単に壊れる」
楽しげに笑う片桐さん。
「やめてください!」
私は衝動的に立ち上がり、そのスマホを奪おうと振り返った。
その瞬間、後ろに見えた人影に、私は大きく目を見張る。
「いい加減にしてくれないか」
低く響く声が公園を切り裂いた。
大きな手が伸びて、片桐さんの片手からスマホを奪い取っていく。
薄暗い公園の街灯に照らされた柊真さんの横顔は、冷たい怒りに満ちていた。
「お前のやり方には、もううんざりなんだ……」
画面に視線を落としてため息をついた彼は、何かを操作すると、そのスマホを無造作に地面へ放り投げた。
「茉莉。帰ろう」
呆然と立ち尽くす私に向けて、柊真さんは淡々と告げる。
だけどその目は合わないままで、私は、その場から動くことができない。
「……藤堂、相変わらずだな」
片桐さんは、投げ捨てられたスマホを拾い、口を開いた。
余裕を装った声色の奥に、小さな焦りが滲んでいる。
「いつまでそうやって燻っているつもりなんだ」
片桐さんと柊真さんは数秒見つめあった。
ふたりの間に、同じ過去があることを、私は確信する。
「もう関係ない」
柊真さんの声は静かだった。
「俺は俺でやってる。もう関わらないでくれ。俺にも、俺の大切な人にも」
——大切な人。
口に出されたその確かな響きに、私の目からは、涙が溢れ出す。
その表情を横目に見た片桐さんは苦笑し、つまらなそうに肩をすくめる。
「……くそ真面目なところも相変わらずか」
そう呟くと、彼は私を見て、小さく笑った。
「揶揄って悪かったよ。もうちょっと警戒心を持った方がいいと思うけどね」
そう言い残して背を向けて帰って行った彼に、公園には静寂が戻る。
二人きりになった公園で、私は、柊真さんの隣に行くことも出来ず、ただ涙を隠すように立ち尽くしていた。
「帰ろう」
短く告げられた言葉。
その声音には、ほんのわずかに優しさが滲んでいた。
_/_/_/_/_/_/
第44話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!
次回もぜひよろしくお願いいたします。
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目も合わさず、まるで壁に話しかけているみたいな冷たい態度。
いつもなら私の些細な言葉にも反応してくれるのに、今の柊真さんはスマホに目を落としたまま、私の存在すら意識していないようだった。
家事を終えた後、恐る恐る声をかける。
「何かお手伝いしましょうか?」
けれど、彼はまたPCから視線を上げることなく、ただ冷たい一言を返した。
「特にないよ」
その一言が、棘のように胸に刺さる。
こんな態度を取られる理由は、私が自分で作った。
柊真さんの信頼を裏切ったのは、他でもない私だ。
これ以上、彼の空間を侵さないように。
私は肩を落として静かに家を出た。
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日中に外に出ても、やることは何もない。
適当にショッピングモールに入ってみたけれど、見たいものも、欲しいものも浮かばなかった。
次第に疲れて、お店を出て、ふらふらと歩く。
気づけば、空は夕暮れ色に染まり始めていた。
辿り着いた近くの公園のベンチに腰を下ろす。
冷たい夜風が頬を撫で、指先がじんと冷えていく。
けれど、それ以上に耐えがたかったのは、心の奥に広がる冷たさだった。
——帰らなきゃ。
そう思って、家の近くまで戻っては来たものの、足が動かない。
柊真さんの、あの冷たい目を思い出すたび、家に戻る勇気が、静かに削られていく。
その時、スマホの揺れを感じ、反射的に胸が高鳴った。
浮かんだ期待のまま勢いよく画面を見ると、<片桐拓真>の文字だった。
……柊真さんじゃない。
正直見たい名前ではなく、思わず無視をしたけれど。
どれだけ待っても鳴り止まない着信に、私は三度目の震えで、応答ボタンを押した。
「ああ、昨日はどうもありがとう」
軽やかで、どこか胡散臭い声。
それを聞いた瞬間、胸の奥が痛んで、涙が込み上げてきた。
昨日の自分が恨めしかった。
「いえ……こちらこそ」
涙がバレないように、声を落として答える。
少しの沈黙のあと、片桐さんは楽しむように問いかけてきた。
「もしかして、早速苦しくなった?」
「……誰のせいですか」
思わずそんな憎まれ口が出て、慌てて自分の口元を抑える。
電話の向こうからは、おかしそうな笑い声が聞こえてきた。
「藤堂に避けられているんだろ?」
「……あなたには関係ないです」
「たったあれだけの連絡で揺らぐなんてさ。やっぱり、大した信用じゃなかったんだよ」
そんなこと、あなたにだけは言われたくない。
通話を切ろうとした、その瞬間。
逃がさないとでも言うように、片桐さんは言葉を重ねた。
「結局、あいつはそういう男なんだよ。心の奥底では、人を信じ切れない。……そんなの、寂しくないか?隣にいても、辛いだけだろ」
優しげな口調だった。
私の傷口に漬け込むような。
どこか、京介を思い出した。
みんなして、私はそんなに弱い女に見えるのだろうか。
実際そうだったかもしれないけど……。
じわじわと腹の奥に熱が溜まり、私は通話を切った。
その直後。
背後から、切ったはずの片桐さんの声が、はっきりと聞こえた。
「だからいっそ、俺のところで働くのはどうだって誘っただろ」
背後から囁かれた声に、身体がびくりと強張った。
「ど、どうしてここに……」
震える声でそう問いかけても、片桐さんは答えない。
代わりに、私が腰掛けているベンチの背もたれに、後ろから軽く腰を下ろした。
「まだ、藤堂のところで働きたい?」
何も言えずにいる私を見て、片桐さんは薄く冷たい笑みを浮かべた。
懐からスマートフォンを取り出し、画面をこちらに向ける。
「けど、藤堂の方が君を今まで通りに見てくれるとは限らないよ」
そこに映っていたのは、私と片桐さんが向き合って話している写真だった。
——今、この公園で遭遇してから、ほんの数分の間に撮られたもの。
思わず周囲をきょろきょろと見渡してしまう。
角度のせいか、距離は不自然なほど近くて、まるで親しい男女のように見えた。
「この間のカフェですら影響があったみたいだし。これを使えば、君の信頼なんて簡単に壊れる」
楽しげに笑う片桐さん。
「やめてください!」
私は衝動的に立ち上がり、そのスマホを奪おうと振り返った。
その瞬間、後ろに見えた人影に、私は大きく目を見張る。
「いい加減にしてくれないか」
低く響く声が公園を切り裂いた。
大きな手が伸びて、片桐さんの片手からスマホを奪い取っていく。
薄暗い公園の街灯に照らされた柊真さんの横顔は、冷たい怒りに満ちていた。
「お前のやり方には、もううんざりなんだ……」
画面に視線を落としてため息をついた彼は、何かを操作すると、そのスマホを無造作に地面へ放り投げた。
「茉莉。帰ろう」
呆然と立ち尽くす私に向けて、柊真さんは淡々と告げる。
だけどその目は合わないままで、私は、その場から動くことができない。
「……藤堂、相変わらずだな」
片桐さんは、投げ捨てられたスマホを拾い、口を開いた。
余裕を装った声色の奥に、小さな焦りが滲んでいる。
「いつまでそうやって燻っているつもりなんだ」
片桐さんと柊真さんは数秒見つめあった。
ふたりの間に、同じ過去があることを、私は確信する。
「もう関係ない」
柊真さんの声は静かだった。
「俺は俺でやってる。もう関わらないでくれ。俺にも、俺の大切な人にも」
——大切な人。
口に出されたその確かな響きに、私の目からは、涙が溢れ出す。
その表情を横目に見た片桐さんは苦笑し、つまらなそうに肩をすくめる。
「……くそ真面目なところも相変わらずか」
そう呟くと、彼は私を見て、小さく笑った。
「揶揄って悪かったよ。もうちょっと警戒心を持った方がいいと思うけどね」
そう言い残して背を向けて帰って行った彼に、公園には静寂が戻る。
二人きりになった公園で、私は、柊真さんの隣に行くことも出来ず、ただ涙を隠すように立ち尽くしていた。
「帰ろう」
短く告げられた言葉。
その声音には、ほんのわずかに優しさが滲んでいた。
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