18 / 20
前世の記憶 -フロリアン①-
しおりを挟む10年の時が巻きもどる。そんな、奇跡のような魔法を体験した僕は、初めて10年前の彼女と出会った。
僕とリアが初めて会ったのはリアが12歳の頃だから……。記憶よりも少し幼いリアは、やっぱりとても可愛らしい。
時が戻ったことを心から喜ぶことはできない。それはきっと、僕だけじゃない。みんなそうだ。…禁忌の魔法に手を染めてでも、時を戻したかった理由があるのだから。でも、こんなに可愛いリアとまた仲良くなれるなら…それはそれとして、嬉しいことだと思う。
僕とリアが初めて会った時、既に僕らの婚約は決まっていた。
僕の父は現皇帝の弟で、2人はとても仲が良かった。さらに父は政治や外交面でも皇帝から信頼されているため、公爵の爵位を授かった。そんな、王家に匹敵する権力を持ったウェブスター公爵家でも、まだ公爵家としての日が浅いため元老院や貴族派の家門からの反発は避けられなかった。それを補うために、建国当初から続く由緒あるハルトマン侯爵家の後ろ盾と財力がどうしても必要だった。そこに偶然いたのが、婚約者がいない僕とリア。
僕はその頃16歳で、次期公爵としての教育を受けていたから、家門のために会ったこともない彼女と婚約することもそれほど抵抗はなかった。…いくら彼女の評判が悪くても、その名前さえあればよかったから。
「傲慢で気分屋で馬鹿な悪女をハルトマン侯爵家は恥晒しと呼び、隠している」
これは社交界であまりにも有名な話だった。
現に、12歳だというのにたったの一度も公の場に出たことがない彼女の噂を真に受ける貴族はかなり多かった。
同世代の令嬢の軽いお茶会にも参加せず、令嬢達の情報源となるドレスの仕立て屋とも一切関わりがない彼女はいつしか、噂に尾ひれがついて「口が頬まで裂けている」だとか「屋敷の侍従らですら直視できないほどの醜女」だとか言われるようになっていた。そんな貴族らの話を仕入れた新聞記者が、彼女の姿絵を想像だけで悪魔のように描いた記事は飛ぶように売れたという。
…でもそんなこと、僕にとっては本当に何でもなかった。もし噂通りの傲慢な人物だったなら、別邸を与え使用人をつけて不自由なく勝手に生活してもらえばいい。子供が必要だと言うのなら義務として務めは果たすし、子を蔑ろにするつもりもない。僕の仕事と公爵家の名に恥じないようにいてくれれば、あとはどうでもいい。
そう思って…いや、きっとそう言い聞かせて、僕は彼女の屋敷に出向いた。まだ会ったこともない12歳の少女に怯えていたのは確かだった。
「フロリアン・ウェブスターと申します。この度は僕とご令嬢の婚約を許可して下さりありがとうございます。ハルトマン侯爵とご令嬢にご挨拶に伺いました。」
“厳格”という言葉そのもののような雰囲気を醸し出すハルトマン侯爵に挨拶をした。ハルトマン侯爵はそんな僕を見ながらため息をついて、考え込むようにしばらく黙っていた。
「…………あの子は……」
僕から何か話そうかと考え出した頃、侯爵はぽつりと呟いた。しかし、その言葉の先に続くものはなかった。
「……ガリアナの部屋に案内させる。自由にしてくれて構わない。」
「ご令嬢の部屋…ですか?客間ではなく…?婚約者といえど、婚前の女性の部屋に入るなど…」
思わず聞き返すと、侯爵は苦々しい顔で頷いた。
「あの子は…母親を亡くした後、部屋から出なくなった。私やヘルベルトとは顔も合わせたくないらしく、婚約の承諾もあの子のメイドが代わりに伝えてきた。……ガリアナにとって、婚約はこの家を出られる良い機会なのだろう。」
「そんな…」
ハルトマン侯爵夫人が亡くなったのは、もう8年程前のことだ。そんなにも長い期間部屋から出ないなんてことが有り得るのだろうか。既に10代だったならまだしも、たった4歳の子供が自分の意思で部屋から出ないなんて…。
「…君との婚約は許可したが、私は公爵家の名が欲しいわけでも、王家との繋がりが欲しいわけでもない。……ただ…親として、あの子にしてやれる事がこれしかなかっただけだ。」
ハルトマン家は娘をあえて隠しているわけじゃない。そう分かっただけでも、彼女は噂とは違うのではないかとほんの少しだけ感じた。
「私はメイドからしかあの子の様子を聞いていない。どんな風に成長したのかすら分からない。同じ家に住む血を分けた家族だというのに。…無理に愛してやってほしいとは言わない。愛人をつくるなとも言わない。…だがどうか、せめて公爵夫人として不自由のない生活はおくらせてやってほしい。金銭の援助が必要なら出そう。あの子の使う物は全て私が払ってもいい。だから、あの子が何か公爵家の名を汚すような問題を起こさない限り、故意に傷つけるようなことはしないと約束してほしい。」
「約束しろ」と命令できる状況で、ハルトマン侯爵は僕にあくまでお願いをした。
それほどまでに切実なんだろう。侯爵はご令嬢を愛している。…会いたくないと言われたからその言葉通り何年も会わず放置しておくなんて、そんな愛情は不器用で歪んでいるとは思うけど。
「…分かりました。それに、大丈夫です。僕は僕の妻として、公爵家の重い責任を共にしてくれるご令嬢をわざと傷付けることなんてできません。あと…子ができない場合は別として、愛人を抱えるつもりもありません。僕はそんなに器用な男ではありませんから。」
僕がそう言うと、侯爵の強ばっていた顔が少しだけ和らいだ気がした。
「……そうか。もう他に縁談なんて…と思い許可したが、君で良かったのかもしれないな。…さぁ、あの子に会って行ってくれ。」
「はい。では失礼します。」
執事が扉を開ける。そこで侯爵に呼び止められた。
「……もし時間が許すなら、帰る前にもう一度ここに寄るといい。」
「…是非、そうさせていただきます。」
彼女の様子を僕から聞きたいんだろう。初対面の僕なんかに任せないで、さっさと会いに行けばいいのに。侯爵は案外臆病な面があるのかな。
そうして僕は、彼女に会いに行った。
その頃にはもう、彼女に対する恐怖心なんてすっかり消え去ってしまっていて、むしろ好奇心で気持ちが逸っていた。
0
あなたにおすすめの小説
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる
仙冬可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。
清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。
でも、違う見方をすれば合理的で革新的。
彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。
「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。
「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」
「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」
仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!
satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。
私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。
私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。
お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。
眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる