【完結】新人機動隊員と弁当屋のお姉さん。あるいは失われた五年間の話

古都まとい

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2章(4)

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加藤将太かとうしょうた、21歳。今年の春から機動隊に配属された新人の巡査みたいだ。所属はたぶん銃対かな? 非番に射撃場へ行っているところを見ると、射撃の特練かもね」

 男がぺらぺらと喋る個人情報に、彩鳥さとりはうんざりする。嫌そうな顔をしているところを見たのか、男は悪気もなさそうに「これが仕事なんで」とあっさり言った。

「それで」

 残っていた缶チューハイを飲み干しながら、彩鳥は問う。

「そんなこと調べて、なにをしようっていうの?」

 彩鳥はこの男に、客の個人情報を探れと指示した覚えはない。むしろ店の周りをうろついて、勝手に客のことを嗅ぎまわっているこの男のやり方には嫌悪感を示しているくらいだ。あんなことがなければ、こんなモラルもデリカシーもない男とは、一生縁がなかっただろう。
 男の長い黒髪から、紫色のインナーカラーが覗く。つくづく悪趣味なヘアスタイルだ。

「それが面白いことが分かってさ」

 彩鳥のショートボブをきながら、男が喉の奥で笑う。

「加藤くんも、5年前の被害者なんだよ」

 空き缶を潰そうとしていた手が止まる。男は彩鳥の反応が嬉しかったのか、さらに上機嫌で続けた。

「5年前に新卒で入社したばかりのお兄さんを殺されてる。妊娠していた女性を庇って、頭に1発。もしかしたら、そのことがきっかけで彼は警察官を志したのかもね」

 どう答えるべきか、言葉が見つからなかった。弁当屋で見せる彼の幼い笑顔を思い出す。いつも店にやってきては、弁当の感想を言ってくれる。祖母が作ってくれた和食にそっくりだと笑っていた彼も、心に大きな穴を開けた被害者だったのだ。

「ねぇ、やっぱり使えると思わない?」

 彩鳥の逡巡しゅんじゅんなど知らないように、男が目を細めて彩鳥に問いかける。それでも彩鳥は、彼を巻き込みたくなどなかった。情が移ったのか? 自分に限ってそんなことはないと首を振る。
 きっと正義を信じて警察官になった彼を、こんな血に塗れた道へ誘い込むことなどできない。彩鳥は考えを振り払うように、男の唇へ噛みついた。

 これが夫であればいいと、何度願った? そして何度、裏切られた? 男は彩鳥が自ら求めてきたことに驚いたようだ。ひとしきり貪った後、ゆっくりと身体を離して、彩鳥の頬を撫でる。

「君は……自棄になっちゃいけない。分かるね?」

 男が困ったように微笑んだが、彩鳥は構わず、無感情な顔で男を押し倒した。黒と紫の豊かな長い髪が、シーツの上に広がる。

「わたしに指図しないで。黙ってやることやってよ」

 男の大きな手のひらが、細い指が、彩鳥を抱き寄せる。ああ、夫の手はこんなに大きくなかったな。
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