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第一章
【四】蘭―雀が鷹を生む
しおりを挟む町並みが茜色に染まり、高台の我が家からは太平洋までがハッキリと見渡せた。あと二時間もすれば主人が仕事から帰って来るだろう。
庭に水を撒いていると、聡明な眼差しの少年が封筒を差し出した……って、私の息子でした!
「これ、先生からだって」
「え、なにかな~?」
夫に瓜二つの流星は、大人たちからの手紙を定期的に運んでくる。なので洒落たペーパーナイフを買っちゃいました!
端からナイフを差し込んで、スパッと開封。さあて、どんな手紙かな~。
「うっそ」
「え、なになに~?」
好奇心旺盛な娘、流華がランドセルをリビングに置いて走って来た。
「いや、なんでもないよ~。おやつにプリン食べようか」
「流華、手を洗ってからだよ」
「うん」
よく出来た息子は、私の役目までこなしていた。さすがIQ180……。
三歳でかけ算を理解し、小学校低学年で英語をマスターした流星は天才の頭脳を持つ。
夫の帰宅を待って、手紙を渡した。
「全国読書感想文、文部大臣賞受賞……。凄いじゃないか、流星」
「おめでとう、流星」
「凄い。お兄ちゃん、おめでとう!」
「ありがとう」
テーブルにはケーキと寿司が並べられた。
授賞式の場所は東京。ロンドンとかバンクーバーじゃなくてよかった。だってパスポート持ってないもんね。
小学校一年生で芥川賞受賞作を読みだしたときは、この子は世界に羽ばたく人材なんだろうな~っておぼろげに悟った。
ジュースとビールで乾杯の後、夫が息子に尋ねた。
「本の題名は何だ?」
「『マクベス』だよ。原文を読んで日本語で書こうとしたけれど時間がなくて、面倒だから英語で書いたんだ」
夫はビールを吹いて、流華は寿司を喉に詰まらせた。私は急いで娘の背中をたたいて事なきを得た。
「流華、大丈夫か?」
「う、うん。お兄ちゃん、なんで時間がなかったの?」
「教授たちとパソコンで数式を解いてたんだ。宿題すっかり忘れててさ。三十分で読んで、三十分で書いた」
「……」
三歳から通っている国立大の研究機関は流星の才能を導いて開花させてくれたけれど、子供時代は失われてしまった。
県下一の進学校に進んだ流星は、東大へストレートで入学。大学時代に出会ったお嬢さんと結婚して地元に就職した時は、誰もが驚いた。
可愛い孫が近くに暮らす悦びは、星夜が小学校を卒業する頃に終わりを告げた。
仙台牛タンが食べたくて観光に来たアブダビのご近所さんプリンスが、案内役だった流星の頭脳に気づいてスカウトしてしまったのだ!
「会社もプリンスから多額の融資を受けて、大喜びで退社させてくれたよ」
苦笑いしながらも満更でもない息子。
夫もビールを注ぎながら嬉しそうに尋ねている。
「凄いじゃないか。どこで働くんだ?」
「まずは東京や大阪に会社を設立するから、そこの代表取締役に就任するよ。そのあと、渡米する予定だ」
息子は世界を飛び回る仕事にワクワクしていた。
トンビじゃなくて、雀が鷹を生んでしまった。息子はもう、仙台へは戻ってこないだろう。
「お祖母ちゃん。本当はね、僕は引っ越したくないんだ」
のんびり屋の星夜は私に似ていた。庭でお餅をついたり、ツツジの蜜を吸うのが好きな少年は、都会で生きていけるのかしら。
息子一家が旅立った寂しさは、夫や流華の存在が拭ってくれた。
だけどああ。流華、ごめんなさい。
娘が結婚を解消したのは、すべては私のせいです――。
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