【完結】俺のばあちゃんがBL小説家なんだが ライト文芸大賞【奨励賞】

桐乃乱

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閑話

閑話【一】チョリッス山田―女神に会う日まで

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「山田君、おはよう。仕事かい?」

 おんぼろアパートのゴミ捨て場で大家さんが掃除していた。
 マジかよ。あんたの飼ってるウコッケイだって、まだ寝てるぜ?

「チョリーッス。早番なんすよ」
「頑張ってるねぇ。いってらっしゃい」
「いってきます!」

 午前五時半。まだ薄暗い道でチャリンコを飛ばして向かう先は、俺の勤務している特養老人ホーム。

 職を転々としたおれだけど、職業訓練校では真面目に勉強したんだ。

 試用期間三ヶ月を過ぎればセイシャ(※正社員)になれる。そんときは、あほヤンキーだなんて馬鹿にさせないぜ!


「山田君の頭、どうにかなりませんかね」

 同じユニットで働く職員が、また俺のことをチクっていた。オムツ替えを俺に押しつけるくせに、文句ばかり多いババアめ……。

「あら、若者らしくていいじゃない」
「入居者のご家族からクレームが入ったんですよ。ヤンキー上がりの人間に介護させたくないって……」
「あら、私たちだって白髪を染めてるじゃないの。同じよ」

 阿部リーダーが俺のことを庇ってくれた。意外だ。いつもパソコンの使い方を勉強しろとうるさいのに。

「チョリーッス」
「!」

 文句ババアが逃げて行った。フン。

「おはよう、山田君。あとで医務室に薬を取りに行ってもらえるかしら」
「わかりました!」

 毎週火曜日は老人ホームの入居者が医師から処方されているシップ薬や塗り薬を補充する日だ。俺のいる『春風』ユニットは、女性が四人、男性が二人、夜勤専門の派遣でローテーションを組んで介護をしていた。

「おはよう」
「チョリッス。ユキヨさん」
「主人はどこかしら。まだ迎えに来ないの」
「ご主人は残業です」
「あらそうなの。おかしいわね。ここへは休暇で来たのに」

 ユキヨさんは認知症が進んでひと月前に入居してきた。未だに老人ホームをホテルと勘違いしている。入居者は脳梗塞や認知症、自閉症と介護度合いが違う。寝たきりの二名は、ほぼ話しかけても無反応だ。ありがとうも言われない代わりに、文句も言われない。

『目を閉じていても、聞こえてるの。だからオムツ交換や入浴の時も、優しく話しかけてあげてね』

 Wさんやリーダーだけだぜ、実践してるのは。だから俺も見習うことにしてる。

 俺が職場で楽しみにしていることがある。それは、Wさんを眺めること。

 ガラララ。

「おはようございます」
「チョ、おはようございます」

 毎朝八時過ぎに春風にやってくる看護師のWさんは俺が一目惚れした女性だ。年齢は三十ちょっと手前。年上だけど、そんなの無問題(モーマンタイ)。

「○さん、胃ろう開始しますね」
「お願いします」

 やべ、笑顔がマジ女神。涼しげな目元にエロい唇。分町の売れっ子キャバ嬢よか美人じゃん。キャバクラ行ったことないけど。

『Wさん、俺と付き合ってください!』

 正社員になれたら告白しようって決めた。その為にアプローチだってしている。

 看護師の昼休憩は十二時からの交代制。Wさんは各フロアに設置してある談話室でひとり、お昼を食べていた。年配の看護師達と仲が悪いのか、それとも独りが好きなのか……。

 食堂から中庭を挟んで、彼女がいるのを確認してダッシュした。日勤のみの作戦だが徐々に距離は詰めているはずだ。

「あら、山田くん。こんにちは」
「チョリッス……」

 実際は緊張して上手くしゃべれないんだよなぁ。
 談話室は約十二畳。ソファーセットにテレビ、マッサージチェアまで置いてある。俺も時々、マッサージチェアに座って爆睡してる。

 持参したおにぎりと水筒をソファーテーブルに置いた。

「山田君が作ってるの? それともお母さん?」
「俺です。俺、両親は死んでるんで」
「そうだったの。ごめんなさい」
「高校の頃だから随分前っすよ。気にしないでください」
「山田君、高校卒業したばかりじゃないの?」
「二十歳です」
「若いわね~」
「Wさんと変わらないですよ!」
「あははは。ありがとう。でもサバ読みすぎって怒られそう」
「Wさんの弁当、いつも旨そうっすね」
「母の手作りよ。最近やっと、料理をする気力が出てきたみたい」
「病気ですか?」
「父が急死してね。落ち込んでずっと無気力だったの」
「そうだったんすか……」
「いつも特浴のときに歌ってるでしょ。凄く上手ね」
「うわっ。聞いてたんすか。○山さんの娘さんから、演歌が好きって教えてもらったんで……」
「演歌が好きなの?」
「俺、両親が四十歳過ぎにできた子供なんです。だから昭和の歌とかたくさん覚えました」

 年老いた両親は借金を残したまま死んだ。俺は中退して働き始めた事まで明かしてしまった。

「私も山田君みたいに頑張らなくちゃね」

 あれれ。恋人がいるのか確かめるつもりが、違う方向へ行ってしまったじゃないか。

 結局、聞けずじまいで終わってしまった。でもまあ、いいか。唐揚げもらったし。次の日勤が楽しみだ。



「ねえねえ、聞いてよ~」
「なになに~?」

 女性職員が廊下で喋る内容が隣の部屋まで丸聞こえだった。まったく、おしゃべり好きな職員ばっかだぜ。

「看護師のWさんて、バツイチなんだって!」
「え~、あんなに美人なのに離婚したの?」

 なんだってー?
 そうか、そうだよな。恋人や旦那がいて当然だよな。いや、でも過去のことだろ。今はフリーなんだよな?

 それとも、新しい男ができて離婚したとか?


 真相を確かめられずに、ひと月が過ぎた。
 そしてとうとう、試用期間が終わりに近づいて……。


「山田君、来月から正社員として雇用します」

 施設長から正式な雇用契約書をもらった。やったぜ。父ちゃん、母ちゃん。安心してくれ。

「はい。ありがとうございます」
「チョリッスはだめよ」
「はい。気をつけます!」
「条件を満たせば、介護福祉士の国家試験も受験できるようになるわ。頑張ってね」
「頑張ります!」

 国家資格を取れば給料もあがる。でもまずは、Wさんにアタックだ!

 
 春風へ戻るとリーダーへ尋ねた。

「リーダー、Wさんは休みですか?」
「ああ彼女ね、系列の総合病院に戻ったのよ。婦長さんだったけど、お母様の介護があるからって、勤務の楽なここへ移動してきてたの。有能な人材が足りないからって呼び戻されちゃったわ」
「そんな……」
「山田君。頑張って働いて介護福祉士になってね。告白はそれからよ」

 リーダーには全てお見通しだった。

「ううう……」

 きっと振られただろうって、ホントはわかってた。だから一人前の介護士になったら、Wさんへ告白しに行くぞ。

 Wさん、待っててください!
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