伯爵令嬢は身代わりに婚約者を奪われた、はずでした

佐崎咲

文字の大きさ
10 / 53
第2章 再会

第1話

しおりを挟む
 久しぶりにグレイが来る。
 それもフリージアを訊ねて。

 それなのに、当の本人であるフリージアはその姿を一目見ることすら許されない。
 今頃はもうフリージアとなったリディとグレイは対面しているはず。

 どんな話をしているだろうか。
 グレイは気付いたりしないだろうか。
 気付かないまま、リディに微笑みかけているのだろうか。

 あの優しく穏やかな笑みがリディに向けられることを考えると、腹の底から何かわからない衝動が突き上げて来る。
 瞼を固くつむり、それをやり過ごしていると、外から小鳥の鳴き声が聞こえた。
 リーンだ。
 フリージアはリーンを中に招き入れようと窓辺に歩み寄り、ふとそこから見えた光景に棒立ちになった。

 リディとグレイが、そこにいた。
 フリージアの部屋の窓から見える中庭には簡単なテーブルセットが置かれている。
 そこでお茶をしていたのだ。

「ごめんなさい、リーン。今は窓を開けられないの。音を立ててはいけないから――」

 わかったのかわかっていないのか、リーンはきょときょとと小首を傾げながら、つんつんと窓辺を歩き回っている。
 フリージアは早鐘のように鳴る胸をおさえた。

 ――二人はなぜそんなところでお茶を? 今日はティールームにお迎えしたはずでは

 フリージアと会うときも、いつもティールームだった。それなのにどうして今日は外でお茶をしているのだろう。
 リディが我儘を言ったのだろうか。
 いや。一日目は様子を見たいだろうリディは下手なことをしないはずだ。
 だとしたら、グレイが言い出したのだろうか。

 理由はわからない。
 ただ、会えないと思っていたグレイの姿を不意に目にしてしまって、フリージアの心は乱れに乱れていた。

 フリージアは棒立ちになったまま、ただ窓から仲睦まじく会話を交わす二人を見つめていた。
 リディの顔はここからではよく見えない。
 けれど、控えめに笑いながら、何か楽しげに話していることはわかった。
 グレイは笑みを浮かべながら、それを聞いている。

 それを見ていたら、たまらなくなってしまった。
 込み上げる衝動を呑み込もうとするように、フリージアは口を手で覆った。

 カーティスから聞いたリディの話や、カーティスの何を言っても聞き入れてはくれない固い態度にフリージアはこの先どうしたらいいのかわからなくなっていた。
 けれどこうして一目会ってしまえば、もう気持ちを抑えることはできなかった。

 会いたい。
 フリージアがフリージアとして、グレイに会いたい。

 そう強く願った時、不意にグレイが見上げるように顔を上げた。
 同時に、餌をもらうことを諦めたのか、リーンが空へと向かってぱたぱたと羽ばたく。
 それを追うようにグレイの視線がこちらを向く。

 目が合うかと思われた寸前――
 はっとして、思わずカーテンに隠れた。
 ドキドキ高鳴る胸をおさえ、固く目を瞑る。

 会ってはならない。家のため。リディのため。リディの家族のため。自分のため。

 そう言い聞かせるのに、こっちを見てほしい、気が付いてほしいという願いは止められなかった。
 身体を覆うカーテンを握り締める手から力が抜けていく――

 と、その時、部屋をノックする音が響き、フリージアはびくりとカーテンを握り締め直した。

「フリージア様、お茶をお持ちしました」

 侍女のアニーだった。
 気落ちしているだろうと、気にかけてくれたのだろう。

「ありがとう、入って」

 答えて、そっとカーテンから外を覗き込めば、グレイはもうこちらを見てはいなかった。
 胸が鈍く痛む。

 フリージアは思い知った。

 どんなに正論と偽善を掲げたところで、フリージアの想いは消せないのだと。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~

深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。 灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがない」 そう言われて王太子から婚約破棄された公爵令嬢ノエリア・ヴァンローゼ。 ――ですが本人は、わざとらしい嘘泣きで 「よ、よ、よ、よ……遊びでしたのね!」 と大騒ぎしつつ、内心は完全に平常運転。 むしろ彼女の目的はただ一つ。 面倒な恋愛も政治的干渉も避け、平穏に生きること。 そのために選んだのは、冷徹で有能な公爵ヴァルデリオとの 「白い結婚」という、完璧に合理的な契約でした。 ――のはずが。 純潔アピール(本人は無自覚)、 排他的な“管理”(本人は合理的判断)、 堂々とした立ち振る舞い(本人は通常運転)。 すべてが「戦略」に見えてしまい、 気づけば周囲は完全包囲。 逃げ道は一つずつ消滅していきます。 本人だけが最後まで言い張ります。 「これは恋ではありませんわ。事故ですの!」 理屈で抗い、理屈で自滅し、 最終的に理屈ごと恋に敗北する―― 無自覚戦略無双ヒロインの、 白い結婚(予定)ラブコメディ。 婚約破棄ざまぁ × コメディ強め × 溺愛必至。 最後に負けるのは、世界ではなく――ヒロイン自身です。 -

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...