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第4章 来客
第6話
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フリージアが素直な思いで口にしたことはジェームズもわかっている。
たった十数年しか生きていないのだから、そう思ってしまうのも仕方のないことだ。
「相手を好きになったところで、その相手が同じように想いを返してくれるとは限らないのはどんな種族でも同じだが、私はその上に竜との混血であることも受け入れてもらわねばならない。確証も得られず想いを傾けた結果、相手に拒絶されれば、費やした時間と想いの大きさの分、痛手も大きい。何度もそんなことを繰り返していれば、誰でもいいとなるのは当然だろう」
そんなことはたった一度経験すれば十分だったのに、懲りもせずに何度も夢を見ては心の中の何かを失っていった。
何十年経とうとも、何百年経とうとも、傷は癒えない。
それどころか、もうあんな想いはしたくないと臆病になるばかりで凝り固まっていく。
身体は鋼のように堅くとも、心までそうとはいかない。
「何も知らずに勝手なことを言ってごめんなさい」
フリージアが瞳をかげらせ、俯く。
フリージアが今ジェームズを傷つけるつもりがなかったのと同じように、ジェームズとて誰かを不幸にしたいわけではない。仲睦まじい夫婦を引き裂きたかったわけではない。
ジェームズには、もうそれしかなかったのだ。
ジェームズは人の姿のまま一生を過ごすつもりはなかった。それは自分を否定することだからだ。
だがそうすれば竜に変じた瞬間に人にも魔物にも恐れられ、それまで築いた関係などなかったことになってしまう。
むなしい。
先程まで好意的に向けられていた目が、畏怖に変わるのを目にする度に、ジェームズの中がすかすかと空虚になっていく。
「フリージアがもっと早く生まれていれば。あの青年よりも先に私が会っていれば。そうすれば、フリージアは私のものになっていたかもしれないのにな」
寂しげにそう呟けば、フリージアは少しだけ首を傾げ、じっと考えた。
そしてややあって、再び口を開いた。
「グレイ様に会っていなければ、私はこれほど強くはなれなかったと思います。私を変えたのはグレイ様なのです。ですから、先にジェームズ様に会っていたとしたら、それは今の私とは違う私です」
だから、そんな仮定などなりたたない、ということか。
あくまで竜を恐れないのはグレイが相手だったからだ、と再三言われてきたことではあるが、そうまで言われてしまえば、もうジェームズに言えることはない。
どうあってもフリージアはグレイでなければ駄目だと言うのだから。
ジェームズは思わず苦笑した。
「心の底からあの青年を羨ましく思う」
ただの遠い親戚の名など、覚えはしない。
一度会った人間に二度会うことなど珍しいからだ。
「私の寿命はまだ尽きそうもない。この永の時を一人過ごさねばならないのは、もう耐えがたい」
思わず体の中の何かを吐き出すようにそう呟いた。
フリージアの瞳が揺れる。
帰る間際に見送りに出た時もそうだった。
何かを言おうと必死に言葉を探している様子がわかった。
いけるかもしれない。
再びそう思った。
ジェームズは長く生きただけあって傷も多いが、その分強かでもある。
常に状況を見て己の行動も考えも変える。
だから泣き去っても次の日にはけろりと現れた。
最初から、フリージアに嫌われていないだろうことはジェームズにもわかっている。
そしてフリージアが、優しい心の持ち主であろうことも。
何よりもフリージアは、ジェームズ自身を拒んでいるわけではないのだ。グレイがいるからグレイを選んだだけ。
先程はそんな仮定の話はなりたたないと言ったが、逆ならばどうか。
グレイとは二度と会えないとなれば、諦めるのではないか。
今は頑なでも、時間をかければほだされるのではないか。
だとしたら、次の手を――
そう考えた時だった。
思考に割り込むように何かがキィンと甲高くうるさく騒ぐ。
「おい、あんた。誰に何してくれてんの?」
その声はフリージアには聞こえていないようだ。
「それ、うちの奥様なんだけど。それ以上近づくと、殺すよ?」
黒く小さな虫のようなものが、目の前をひらりと舞う。
目で追いかければ、それはジェームズとフリージアの間を切り裂くように飛び回るコウモリだった。
「あっ――、もしかして、ユウ?」
「ご名答ですよ。こんな姿になったのは初めてですけど、思ったよりも便利ですね。コウモリは最速らしいし――って、どうせコウモリの超音波は人間の耳には聞こえないだろうけど」
「通訳してやろうか?」
ジェームズが言えば、カチンときたようなユウの声が返る。
「お断りだよ。なんて翻訳されるかわかったもんじゃない」
飛び回るコウモリの姿を目で追えば、空からまた別の黒い塊が突っ込むように滑空してくる。
それは大型の黒い鳥で、ジェームズを威嚇するように鋭い足を向け何度もバサバサとその場で羽ばたいて見せた。
まるでフリージアにこの男から離れろと言わんばかりに。
意図が通じたわけでもあるまいが、鳥の羽ばたきに固まっていたフリージアが一歩二歩と後退する。
「ジュナまで……、追いかけてきてくれたの?」
その時、どこか遠くから風の音が聞こえた。
フリージアにも聞こえたのか、はっとして夜空を見上げる。
ややあってそこに現れたのは、赤い竜が羽ばたく姿だった。
「グレイ様!! ここです!」
夜空に向かって叫んだフリージアの顔が、月のような光を放ち、明るんだ。
寒さを耐え忍んだ花が太陽の光を受けてぱっと花開くように。
ジェームズはそれを見た瞬間、どんな手を使っても無駄なのだなと悟った。
たった十数年しか生きていないのだから、そう思ってしまうのも仕方のないことだ。
「相手を好きになったところで、その相手が同じように想いを返してくれるとは限らないのはどんな種族でも同じだが、私はその上に竜との混血であることも受け入れてもらわねばならない。確証も得られず想いを傾けた結果、相手に拒絶されれば、費やした時間と想いの大きさの分、痛手も大きい。何度もそんなことを繰り返していれば、誰でもいいとなるのは当然だろう」
そんなことはたった一度経験すれば十分だったのに、懲りもせずに何度も夢を見ては心の中の何かを失っていった。
何十年経とうとも、何百年経とうとも、傷は癒えない。
それどころか、もうあんな想いはしたくないと臆病になるばかりで凝り固まっていく。
身体は鋼のように堅くとも、心までそうとはいかない。
「何も知らずに勝手なことを言ってごめんなさい」
フリージアが瞳をかげらせ、俯く。
フリージアが今ジェームズを傷つけるつもりがなかったのと同じように、ジェームズとて誰かを不幸にしたいわけではない。仲睦まじい夫婦を引き裂きたかったわけではない。
ジェームズには、もうそれしかなかったのだ。
ジェームズは人の姿のまま一生を過ごすつもりはなかった。それは自分を否定することだからだ。
だがそうすれば竜に変じた瞬間に人にも魔物にも恐れられ、それまで築いた関係などなかったことになってしまう。
むなしい。
先程まで好意的に向けられていた目が、畏怖に変わるのを目にする度に、ジェームズの中がすかすかと空虚になっていく。
「フリージアがもっと早く生まれていれば。あの青年よりも先に私が会っていれば。そうすれば、フリージアは私のものになっていたかもしれないのにな」
寂しげにそう呟けば、フリージアは少しだけ首を傾げ、じっと考えた。
そしてややあって、再び口を開いた。
「グレイ様に会っていなければ、私はこれほど強くはなれなかったと思います。私を変えたのはグレイ様なのです。ですから、先にジェームズ様に会っていたとしたら、それは今の私とは違う私です」
だから、そんな仮定などなりたたない、ということか。
あくまで竜を恐れないのはグレイが相手だったからだ、と再三言われてきたことではあるが、そうまで言われてしまえば、もうジェームズに言えることはない。
どうあってもフリージアはグレイでなければ駄目だと言うのだから。
ジェームズは思わず苦笑した。
「心の底からあの青年を羨ましく思う」
ただの遠い親戚の名など、覚えはしない。
一度会った人間に二度会うことなど珍しいからだ。
「私の寿命はまだ尽きそうもない。この永の時を一人過ごさねばならないのは、もう耐えがたい」
思わず体の中の何かを吐き出すようにそう呟いた。
フリージアの瞳が揺れる。
帰る間際に見送りに出た時もそうだった。
何かを言おうと必死に言葉を探している様子がわかった。
いけるかもしれない。
再びそう思った。
ジェームズは長く生きただけあって傷も多いが、その分強かでもある。
常に状況を見て己の行動も考えも変える。
だから泣き去っても次の日にはけろりと現れた。
最初から、フリージアに嫌われていないだろうことはジェームズにもわかっている。
そしてフリージアが、優しい心の持ち主であろうことも。
何よりもフリージアは、ジェームズ自身を拒んでいるわけではないのだ。グレイがいるからグレイを選んだだけ。
先程はそんな仮定の話はなりたたないと言ったが、逆ならばどうか。
グレイとは二度と会えないとなれば、諦めるのではないか。
今は頑なでも、時間をかければほだされるのではないか。
だとしたら、次の手を――
そう考えた時だった。
思考に割り込むように何かがキィンと甲高くうるさく騒ぐ。
「おい、あんた。誰に何してくれてんの?」
その声はフリージアには聞こえていないようだ。
「それ、うちの奥様なんだけど。それ以上近づくと、殺すよ?」
黒く小さな虫のようなものが、目の前をひらりと舞う。
目で追いかければ、それはジェームズとフリージアの間を切り裂くように飛び回るコウモリだった。
「あっ――、もしかして、ユウ?」
「ご名答ですよ。こんな姿になったのは初めてですけど、思ったよりも便利ですね。コウモリは最速らしいし――って、どうせコウモリの超音波は人間の耳には聞こえないだろうけど」
「通訳してやろうか?」
ジェームズが言えば、カチンときたようなユウの声が返る。
「お断りだよ。なんて翻訳されるかわかったもんじゃない」
飛び回るコウモリの姿を目で追えば、空からまた別の黒い塊が突っ込むように滑空してくる。
それは大型の黒い鳥で、ジェームズを威嚇するように鋭い足を向け何度もバサバサとその場で羽ばたいて見せた。
まるでフリージアにこの男から離れろと言わんばかりに。
意図が通じたわけでもあるまいが、鳥の羽ばたきに固まっていたフリージアが一歩二歩と後退する。
「ジュナまで……、追いかけてきてくれたの?」
その時、どこか遠くから風の音が聞こえた。
フリージアにも聞こえたのか、はっとして夜空を見上げる。
ややあってそこに現れたのは、赤い竜が羽ばたく姿だった。
「グレイ様!! ここです!」
夜空に向かって叫んだフリージアの顔が、月のような光を放ち、明るんだ。
寒さを耐え忍んだ花が太陽の光を受けてぱっと花開くように。
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