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第4章 来客
第7話
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赤い竜は頭上を行き過ぎてしまうことなく、フリージアたちのいる場所へと真っ直ぐに首を向けていた。
見上げるフリージアの目に、その竜の背から何かが飛び降りたのが見える。
はっとして声を上げる間もなくそれはズドンッとジェームズの前に降り立ち、そのまま地を蹴るようにして頭から突っ込んでいった。
「リッカ?!」
太い手足は灰色の毛に覆われ、その先には鋭い爪が光る。
リッカは土煙を上げながらジェームズへと突進し、爪を振りかぶった。
ジェームズは驚いたようにリッカを目で追いながらも、ひょいっと難なくそれをかわした。
「おおっと! 危ないなあ、今本気で殺る気だったね? 主に私の半身たる存在を」
「そのように邪魔な物が付いていなければこれ以上フリージア様に愚かなことをなさらないかと思いまして」
冷たく低い声で一息に言いながら、ひょいと身をかわしたジェームズに重い蹴りを放つ。
「いやいやいやいや物騒だね。揃いも揃って殺意がむき出しとは。リークハルト侯爵家はいつのまにこんな物騒になったのかな?」
迫りくるリッカを踊るようにかわすジェームズはどこか楽しげだ。
「あなたが私の主人に手を出そうとなさるからですよ」
言葉は丁寧だが、いつものリッカとは違ってその声には怒気を孕んでいる。
その後ろに、ぶわりと土煙をあげて赤い竜が舞い降りるや否や、激しく牙を剥いた。
「グレイ様!」
駆け寄ったフリージアに、グレイがわずかに牙を収める。
「フリージア、無事? 待ってね、今すぐ僕も――」
言いかけたグレイをリッカが素早く遮る。
「駄目ですよ裸人が増えます。グレイ様はそのままフリージア様を守っていてください」
言われてグレイがはっとする。
人の姿に戻れば、ジェームズ同様裸だ。
確かにこの場にこれ以上裸の男を増やしたくはない。しかも裸の男と裸の男が戦うなど、何事なのかわからない。
「あ、いえ、あの! リッカもグレイ様も待って! 私は無事です、まだ何もされてはいません!」
フリージアが氷が溶けたように声を上げたが、リッカが止まる気配はなく、グレイもそれを止めようとはしない。
「まだ……だろう?」
「手遅れになる前に処置をしておかねばなりません」
主従に揃って低く言われれば、ジェームズは楽しそうに腹から笑った。
「処置! ははははは! 君は冷静に怖いことを言うなあ、面白い、いいぞいいぞ」
「ジェームズ様?! わざと怒らせるようなことを仰らないでください!」
「そういうつもりではない。私に向かってくる者など、もう何十年……、いや、何百年といなかったものだからな、言葉通り楽しいのだよ。青年はまだしも、獣人の君は私が怖くないのかね」
「上等。この身一つでフリージア様を守れるのであればかまいません。私の主人夫妻を邪魔立てする者は何人たりとも許しはしません」
「そうか、そうか。それはいいな」
いよいよ楽しげに笑みを増したジェームズに、リッカの眉が極限まで寄せられたのが見えた。
「なあ、君が私の元に来ないか?」
「お断りします」
「ははははは!! 返答まで主人と同じか」
笑うと、ジェームズはパシリとリッカの腕を止めた。鋭い爪がジェームズのこめかみギリギリの所で震えている。
「くっ……!」
リッカが悔しげに呻いたその時、フリージアの背後から一陣の風が吹き抜けるように何者かが飛び出して行った。
ジェームズに向かって鋭く重い拳を放ったのは、ライカンスロープに姿を変えたブライアンだった。
それを軽く避けたジェームズは、リッカを捕らえた腕をくるりと回し、背後に回る。
「うっ……!?」
羽交い絞めにされ、首に腕を回されたリッカは、ギッと背後のジェームズを睨みつける。
「紳士がするには些か卑怯な手ですね」
ブライアンの声も、いつものように飄々としながらも怒気を孕んでいた。
「この状況を見れば、卑怯なのは君たちの方だと思うがね。まあ、私に争う意思はない。そろそろ落ち着きたまえ」
「それならばリッカを放せ」
グルルル……と唸るグレイに、ジェームズは肩をすくめてみせた。
「それは彼女に言ってくれたまえ。手を離せばまた同じことの繰り返しになるだけなのだから」
うかがうように睨む目を向けながら、グレイが静かにリッカに命じた。
「リッカ。ひとまず抑えろ」
「……承知いたしました」
悔しそうにリッカが小さく答える。
リッカの手から力が抜けたのを確認すると、ジェームズがやれやれというようにその手を離す。
リッカはすぐさまジェームズから飛び退き、距離を取った。
「まったく、君たちはあとからあとからどこから湧いてくるものやら。一体何故この場所がわかったのかね?」
「絆です」
きっぱりと答えたのはリッカだった。
フリージアははっとした。
追いかけてきてくれたのだと思ったが、この夜の闇の中、黒い竜の姿は早々に溶け込んでしまったはずだ。
きっと、フリージアの心の声が聞こえたのだ。それを頼りに、ここまで駆け付けてくれたのだ。
「そうか……。つくづく君たちが羨ましいよ」
ジェームズがぽつりと呟いた。
その声を聞くと、フリージアはたまらなくなった。
だから意を決して声をあげた。
「あの……! グレイ様、ジェームズ様。もう一度落ち着いてお話をしませんか? 聞いていただきたい話があるのです」
見上げるフリージアの目に、その竜の背から何かが飛び降りたのが見える。
はっとして声を上げる間もなくそれはズドンッとジェームズの前に降り立ち、そのまま地を蹴るようにして頭から突っ込んでいった。
「リッカ?!」
太い手足は灰色の毛に覆われ、その先には鋭い爪が光る。
リッカは土煙を上げながらジェームズへと突進し、爪を振りかぶった。
ジェームズは驚いたようにリッカを目で追いながらも、ひょいっと難なくそれをかわした。
「おおっと! 危ないなあ、今本気で殺る気だったね? 主に私の半身たる存在を」
「そのように邪魔な物が付いていなければこれ以上フリージア様に愚かなことをなさらないかと思いまして」
冷たく低い声で一息に言いながら、ひょいと身をかわしたジェームズに重い蹴りを放つ。
「いやいやいやいや物騒だね。揃いも揃って殺意がむき出しとは。リークハルト侯爵家はいつのまにこんな物騒になったのかな?」
迫りくるリッカを踊るようにかわすジェームズはどこか楽しげだ。
「あなたが私の主人に手を出そうとなさるからですよ」
言葉は丁寧だが、いつものリッカとは違ってその声には怒気を孕んでいる。
その後ろに、ぶわりと土煙をあげて赤い竜が舞い降りるや否や、激しく牙を剥いた。
「グレイ様!」
駆け寄ったフリージアに、グレイがわずかに牙を収める。
「フリージア、無事? 待ってね、今すぐ僕も――」
言いかけたグレイをリッカが素早く遮る。
「駄目ですよ裸人が増えます。グレイ様はそのままフリージア様を守っていてください」
言われてグレイがはっとする。
人の姿に戻れば、ジェームズ同様裸だ。
確かにこの場にこれ以上裸の男を増やしたくはない。しかも裸の男と裸の男が戦うなど、何事なのかわからない。
「あ、いえ、あの! リッカもグレイ様も待って! 私は無事です、まだ何もされてはいません!」
フリージアが氷が溶けたように声を上げたが、リッカが止まる気配はなく、グレイもそれを止めようとはしない。
「まだ……だろう?」
「手遅れになる前に処置をしておかねばなりません」
主従に揃って低く言われれば、ジェームズは楽しそうに腹から笑った。
「処置! ははははは! 君は冷静に怖いことを言うなあ、面白い、いいぞいいぞ」
「ジェームズ様?! わざと怒らせるようなことを仰らないでください!」
「そういうつもりではない。私に向かってくる者など、もう何十年……、いや、何百年といなかったものだからな、言葉通り楽しいのだよ。青年はまだしも、獣人の君は私が怖くないのかね」
「上等。この身一つでフリージア様を守れるのであればかまいません。私の主人夫妻を邪魔立てする者は何人たりとも許しはしません」
「そうか、そうか。それはいいな」
いよいよ楽しげに笑みを増したジェームズに、リッカの眉が極限まで寄せられたのが見えた。
「なあ、君が私の元に来ないか?」
「お断りします」
「ははははは!! 返答まで主人と同じか」
笑うと、ジェームズはパシリとリッカの腕を止めた。鋭い爪がジェームズのこめかみギリギリの所で震えている。
「くっ……!」
リッカが悔しげに呻いたその時、フリージアの背後から一陣の風が吹き抜けるように何者かが飛び出して行った。
ジェームズに向かって鋭く重い拳を放ったのは、ライカンスロープに姿を変えたブライアンだった。
それを軽く避けたジェームズは、リッカを捕らえた腕をくるりと回し、背後に回る。
「うっ……!?」
羽交い絞めにされ、首に腕を回されたリッカは、ギッと背後のジェームズを睨みつける。
「紳士がするには些か卑怯な手ですね」
ブライアンの声も、いつものように飄々としながらも怒気を孕んでいた。
「この状況を見れば、卑怯なのは君たちの方だと思うがね。まあ、私に争う意思はない。そろそろ落ち着きたまえ」
「それならばリッカを放せ」
グルルル……と唸るグレイに、ジェームズは肩をすくめてみせた。
「それは彼女に言ってくれたまえ。手を離せばまた同じことの繰り返しになるだけなのだから」
うかがうように睨む目を向けながら、グレイが静かにリッカに命じた。
「リッカ。ひとまず抑えろ」
「……承知いたしました」
悔しそうにリッカが小さく答える。
リッカの手から力が抜けたのを確認すると、ジェームズがやれやれというようにその手を離す。
リッカはすぐさまジェームズから飛び退き、距離を取った。
「まったく、君たちはあとからあとからどこから湧いてくるものやら。一体何故この場所がわかったのかね?」
「絆です」
きっぱりと答えたのはリッカだった。
フリージアははっとした。
追いかけてきてくれたのだと思ったが、この夜の闇の中、黒い竜の姿は早々に溶け込んでしまったはずだ。
きっと、フリージアの心の声が聞こえたのだ。それを頼りに、ここまで駆け付けてくれたのだ。
「そうか……。つくづく君たちが羨ましいよ」
ジェームズがぽつりと呟いた。
その声を聞くと、フリージアはたまらなくなった。
だから意を決して声をあげた。
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