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第一章 世界のひみつ

5.カタルシスのない試験結果

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 広間に試験結果が張り出された。
 私は五段階評価の「二」であった。
 結果を見守っていた令嬢たちは、わざわざ試験を受けておいてその程度か、と白けたように去って行った。
 ただ、イリーナだけは解せないといった顔をして試験結果を睨んでいたのがやや気にかかった。

 近くで自分の成績を確認していた男子生徒が、慰めのような言葉をかけてくれた。

「女の子があれだけ健闘したんだ、『二』以上の価値はあるよ。先生も評価を見直すべきだね」
「なんで力が必要な『鷹』なんて形を選んだんだ? 女の子なら、もっとやりやすい形があったのに」

 そう。本当は私の得意な『華』を披露して、ダーンをぐうの音も出ないほどに屈服させてやろうと思っていた。高評価を狙っていた。スッキリざまあの展開を狙っていた。無双するつもりだった。

 けれど、予想以上の観客がいたことで方針転換せざるをえなくなった。
 私が高評価を取ってしまえば、令嬢でもできるのだから今後はすべての学生が平等に授業と試験を受けるべきだなどという論調が生まれかねない。
 それは私が考える平等とは異なる。ダーンのような人間を増やすだけで、逆効果だ。
 だから、ダーンに皮肉で言い放った通りに、非力な女にはやはり無理なんだなと、見せしめる必要があった。

 本当に皮肉だ。

 だけど、私は一切手を抜いていない。
 力が必要で向いてない形と言えど、全力で臨んだ。けれど体がついていかなかった。剣に振り回されるばかりだった。

 だから心底、悔しかった。

 喉の奥に悔しさを仕舞いこんで、私はにこりと笑みを浮かべて見せた。

「みなさんも『鷹』を選ぶ方が多かったので、挑戦してみたのです。一度先生に公正な目で見ていただきたかったんだけれど、自分の実力の程がよくわかったわ。皆様のお目汚し、申し訳ありませんでした」

 どんなに励んでも、人にはできることとできないことがある。
 向き不向きがある。
 私はそれに全身で抗うためにこれまで一人剣を振るってきたのに、それを自ら体現することとなってしまった。
 喉の奥に、熱い塊がこみ上げそうになり、私は慌てて『令嬢らしく』服の裾をつまみ一礼した。
 場に「仕方がないよ」という慰めの空気が流れたことを感じ取り、役目を終えたことを悟った私は、この場を辞そうと顔を上げた。
 その時、その人垣の中から一歩進み出た人がいた。

「いや、見事だったぞ」

 剣一筋脳筋のカイルだ。
 黒髪の短髪でさっぱりとした印象で、中肉中背ながら、外目にはそれとわからないような筋肉を幾重にも身に着けている。
 彼の剣技は見事なもので、私が今日見た中でも一番だった。
 カイルは最も自分の体を把握しており、うまく使っている。そして彼の形は勇壮なだけではなく同時に優美でもあった。剣技がわからない者が見ても惚れ惚れするほどだ。
 だから彼はモテるのだが、剣技のことしか頭にないから令嬢たちのあしらいがうまくない。そのためカイルは令嬢たちとは関わらぬよう一線を引いているようで、私も話しかけられたのは初めてだった。
 彼は言葉が不器用だったから、考えるようにしながらまっすぐに私を見つめ、再度口を開いた。

「あの時お前は、お前が持てるものを全て剣に捧げた。その姿勢だけでも立派だったと、俺は思う。騎士を目指すわけでもない者たちは、剣技をただカリキュラム上消化しなければならないものと捉え、こなしているだけだから。俺が見た中で、お前が一番剣にひたむきに向き合っていた。その点で、お前は俺が見た中で誰よりも素晴らしかった」

 本当なら、実力そのものを評価されたかった。
 だけど、彼が認めてくれたことは素直に嬉しかった。
 たとえ力と技が及ばなくても、私がこれまでしてきたことを認めてくれたのだから。

「ありがとう、カイル」

 ちらりと結果表に再度視線をやれば、くだんのダーンが黙って私の低評価を見つめていた。
 ルーイも、私の惨憺たる結果に何も言えずに遠巻きに私を見ていた。
 これで「試験に挑むも無様な結果に終わる令嬢」の姿を見せるという役目は終えた。これ以上この場にいる理由はない。
 だから、カイルがまだ何か言いたそうにしていたことはわかっていたけど、私は周囲にぺこりと頭を下げ、張り出された結果に背を向けた。

     ◇

 私が最も得意とする形「華」は、間と緩急が大切になる。
 舞のような動きによって相手を翻弄し、隙を作りだし、鋭く攻める。
 「華」は神々に奉納する剣舞だという話も聞いたことがあるくらい、流れるような優美な動きで見るにも美しい形だ。

 力だけではない。技巧だけでもない。
 力のない者でも戦うことのできる戦術をも織り込んだ形なのだ。
 だからこそ、誰かに評価してもらうならこの形を演じたかった。

 私は誰もいなくなった試験会場で「華」を何度も何度も通し、今日晴らし損ねた鬱憤と無念を撒き散らした。
 せっかくの舞台で最も得意な形ができなかった悔しさに向かって、鋭く突く。
 「女だから」を脱ぎ捨てたいと思っていたのに結局それを女性たちの武器として手元に残さざるを得なかった悔しさを、舞うように凪ぐ。

 けれど悔しさは後から後から腹の底に沸いてくる。
 私はもう一度、最初から「華」を通す。
 何度でも、何度でも。
 全て、全力で。

 やがて私は力尽き、肩で息をしながらその場に尻餅をついた。
 悔しさは、消えなかった。
 苦しい息にあえぎながら、汗が流れるままに天を見上げた。
 そこに、見知った顔がにょっきりと生えていた。

「やあ、ユニカ」
「アレク!?」

 驚きで思わず上半身を支えていた腕が床を滑り、ずるりとアレクの足にもたれかかる格好になった。

「ふふふ。見事だったよ、ユニカの『華』。試験での『鷹』もね。とても格好よかったよ」

 にこにこと満面の笑みに迎えられ、私は言葉が継げなくなった。

「あ、何でここにいるかって顔してるね。出兵が決まったでしょ? だから恩師であるクルーグ先生に挨拶をね。経験者に聞いておきたいこともいろいろとあったし」

 出兵、という言葉に胸に昏いものが降りる。
 だけど理由には頷けた。アレクもこの学園の出身だ。けれど私は三歳差のアレクとは入れ違いで入学したから、この学園で一緒に過ごしたことはない。
 だからこうして一緒にいることがなんだか不思議だった。

「まさかユニカが、本当に剣技の試験を受けるとは思わなかったよ。どんな心境の変化?」

 まだ心臓がバクバクいっていたけど、私は口をもごもごと動かした。

「昨日言われた時は受ける気なんて全くなかったわよ。けど――」

 言いかけて、言い訳のようで格好悪いなと口を噤む。

「どうしたの? 話してごらん」

 アレクは倒れかかった私の体を「よいしょ」と前に戻すと隣に座り込んだ。
 いつものアレクは飄々としながらも優しいけど、一歩踏み込ませないところがある。
 でも今日は、その一歩を許してくれているような、そんな雰囲気があった。
 アレクの優しいアメジストの瞳に、胸が詰まる。
 柔らかな光を湛えたその瞳が、優しく私を見ている。
 私のつまらない見栄は、あっという間にほぐされていき、気づけば堰を切ったように話し出していた。
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