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番外編.好きと好きの間 (第四章冒頭~雨の日の気づきに至るまでのティファーナの奮闘記録)

1.遠乗りで駆けた距離と夫婦の距離

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 クレウス様が好きと言ってくれた。
 そのことは素直に嬉しいと思う。
 けれど自分の気持ちがわからないまま、時間が過ぎていく。

 わたわたする自分に呆れもするし、早く答えを出したいと思うのに、焦るばかりで空回りしていた。
 そんなある日のことだった。

「明日、遠乗りに行かないか」

 いつもの食後のお茶タイムにそう誘ってくれたクレウス様に、勢いよく頷きを返した。
 初めてのおでかけに心が沸き立つ。

 しかし、あれ……? これは、デートになるのだろうか。
 そう考えるとやたらと意識してしまい、私は全力で首を振って雑念を振り払った。
 とにかく明日を楽しもう。
 外に出て気分を変えたら自分の気持ちもわかるかもしれない。
 そう思い、明日に備えて全力で睡眠をとった。

 
 
 翌朝。
 私が選んだ馬は軒並み却下され、結局残ったのはクレウス様の愛馬サンダースだけで、あれよあれよという間に私はクレウス様の前に乗せられていた。
 気付けば手綱を握るクレウス様の腕の中に囲われていて、緩いバックハグだと気が付いてからはもう気が気ではなかった。

 風を切る中会話をしようとすればお互いに顔を近づける必要があって、クレウス様が私の耳元に口を寄せて喋るから、私はもういかんともしようがなく、

「耳元でお話しなさるのはやめていただけませんか!?」

とお願いしてみたところ

「大丈夫だ。ティファーナがくすぐったがっても私がしっかり捕まえているから落馬したりはしない」

とか言われて、私の焦りに気づいていて続けていたのならそれは単なる意地悪じゃないでしょうかと思わないでもない。

「ティファーナは耳が弱いのだな。覚えておこう」

 と意味ありげに笑われたけれど、人の弱点を知ってどうするつもりなのだろうか。そこだけ記憶喪失になってほしい。

「大丈夫だ。ティファーナが嫌がることはしないと約束しただろう。きちんととっておく」

 フォローの言葉もまったくフォローになっていなくて、どの辺が大丈夫なのか、ちっとも安心はできなかった。
 基本前向きな私がこんなにも未来が恐ろしいと思ったことはなかった。

 広い草原に入ると、クレウス様はゆっくりと速度を落とした。

「このあたりでいいだろう。この先に素晴らしい景色が広がっているところがあるのだが、あまり奥へ行けば魔物の領域に近くなるからな」
「よくご存じなんですね。いらしたことがあるのですか?」
「ああ。拾い物をしたことがあってな」

 クレウス様は思い出すようにふっと笑い、それからひらりと馬から降りた。
 助けてもらいながら私も下りると、足元にはふかっとした感触。
 あたりには小さな三つ葉が敷き詰められるように広がっていた。

「あ。クローバー」

 呟き、思わずしゃがみ込む。
 けれどよくよく見れば、それは葉の先が尖っていて、前世で見たクローバーとは違うものだった。

「知っているのか?」
「いえ、少し違いました。同じ三つ葉なのですが、稀にある四つ葉を見つけると幸せになれると言われているんです」
「ほう。同じ種類ではなくとも、これだけ広ければ四つ葉も見つかるかもしれんな」
「そうですね。でも私、先程からものすごく目を凝らしてますけど、全然見つかりません」

 あまりに広くて逆に途方もない気持ちになる。
 しかし、クレウス様がひょいっとしゃがみこんだ瞬間だった。

「これか?」
「え」

 ぷつりと一本引き抜いて見せてくれたそれは、確かに四つ葉だった。
 運がいいのか、視力がいいのか、何でもできてしまうクレウス様ゆえなのか。すごすぎる。

「本に挟んで乾かして、栞にするといいですよ」

 ひとのことながら嬉しくなりそう言えば、クレウス様は手にした四つ葉をハンカチに挟み、私に差し出してくれた。

「私は十分幸せだ。だからこれは今日の記念にティファーナに贈ろう」

 そんな言葉と温かな笑みに、思わず胸がきゅっとしてしまう。
 私だって、十分幸せだと思う。愛のない結婚をすることが多い貴族社会で、こうして愛を向けてもらっているのだから。
 この上、クレウス様からこんな贈り物までもらっては、返せるものが何もない。
 それでも。私はそっと手を伸ばしそれを受け取った。

「ありがとうございます。大切にしますね」

 素直に嬉しかった。
 真っ白なハンカチに包まれたそれは、私の胸を温かくした。
 何かお返しがしたい。私もクレウス様に喜んでほしい。真っ白なハンカチを見つめ、私はふと思いついた。
 そうだ。刺繍をしてこのハンカチを返そう。
 そう決めると、胸の中にわくわくとした気持ちが沸き上がった。

 喜んでくれるだろうか。
 その前に、うまくできるだろうか。
 そんなことを考え始めると、楽しい遠乗りが終わったその後の日々まで楽しみになる。

 特別な一日がずっと続くみたいで。
 私はその日一日中、なんだかずっと締まりなく笑っていたと思う。

 ただ。

「また来よう」

 そう言ったクレウス様には、

「いえ、次は馬車にしましょう?」

 と返した。
 帰りの馬上では、何故だか行きよりももっと、クレウス様の体温を意識してしまったから。
 私の煩悩と空回りは日に日にひどくなっていくような気がして、自分がこの先どうなっていくのだろうと思うと、そこだけは不安に思うのだった。 
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